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小説「ハジャイオリエンタルホテル」

第1部

1章

第1話.ハジャイ6/18

タイ王国の南の都市ハジャイ。タイではバンコクに次ぐ規模の町にそのホテルはある。 だが、バンコクにあるデラックスホテルとは全く趣が異なる。 清水健二はその薄暗いホテルに泊まるべくフロントのおやじに声をかけた。 「泊まれますか」健二は不安げに尋ねた。おやじは不思議そうな顔をした。 「150だよ」おやじはそっけなく答えた。部屋に入ってみて分かった。 ここは売春宿も兼ねているホテルなのだ。まあとりあえず1泊するか。健二は移動に疲れていた。 他を探すのが面倒なのだ。健二のフロアーは4階。1階はフロントで2、3階は女が住んでいる。 スラターニーからのワゴン車の移動は疲れる。狭いし暑い。 健二はそのまま飯も食わずにベッドに身を横たえた・・・


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第2話.ペナンへ

健二が日本の会社を辞めてから既に6ヶ月が過ぎた。明日はビザを取りにペナンへ行く。 マレーシアのペナン島はタイに長期滞在する者がビザを書き換えに行く名所である。 ここではインド人の業者がビザのアレンジをやってくれる。 手数料はおもったより安い。 健二は初めは自分でタイ領事館に行ったが、今ではここのインド人業者を利用している。 ペナンでの定宿はインド人が経営する「プラザホステル」だ。 ここの3階にあるテラスは健二のお気に入りのスポットだ。

第3話.女との出会い6/21

健二ははらが減り目を覚ました。時間は既に深夜の12時を回っていた。 電気は点けっぱなしである。 何かおなかに収めようと階段を降りると、踊り場に三人の女が椅子に座っていた。 一人の女が日本語で「こんにちは」と声を掛けてきた。 健二も「こ、こんにちは」とぎごちなく応対した。 「日本語はなせるの?」健二は解せないという風に問う。 「すこしだけ」と女は答えた。「へ〜」健二はなぜ女が日本語を話すのか興味があった。 女はかつて日本人のだんなが居たそうである。埼玉県の入間市に住んでいた。 まさか、こんな場末の売春宿で日本語を使うとは思いもしなかった。 健二はかたことのタイ語は話す事が出来た。もちろん学校には通わずに女から教えてもらった。 ほとんどの女は小学校しか出ていない。4、5年で中退する者も少なくない。 英語は全く話せない女が圧倒的だ。 しかし、それは末端の話で、大卒の高学歴者は日本の大学生より英語ははるかに上手い。 健二がタイに来たニ、三ヶ月は実に苦労したものだ。 ようやく、まがりなりにも話せるようになったのは、四ヶ月目くらい経ってからである。 タイ人はタイ語で話し掛けると実に嬉しそうである。 だから健二はブロークンではあるが、タイ語で話すように心がけている。 下に下りようとすると、女は「どこ行く」と尋ねた。 「はらが減ったんだよ」と健二は手振りを交えて答えた。 「それなら、わたしのへやで食べるか」と女はあっさりと言う。 「いいのかい」健二は少しためらいながら問う。 「さかなとカオニャオならあるよ」女は微笑みながら勧める。 「じゃ、そうするか」健二は自分を励ますように答えた。 健二は女の部屋でめしを食うことにした。女の部屋は305号室。 健二は女の後ろから部屋に入った。

第4話:コ・パンガン

健二はタイ湾のスラターニー県にあるコ・パンガンに住んでいた。 コ・サムイから1時間、スラターニーからはスピードボートで3時間半の島である。 コ・パンガンといえば、フルムーンパーティーで有名な島だ。 この島は、未だにヒッピーが棲息する不可思議の島。 隣接するコ・サムイとはだいぶ様相や客層が異なる。コ・サムイより客層が若いのが特徴だ。 コ・サムイにもしばらく住んでみたが、コ・パンガンの自由な雰囲気のほうが気に入っていた。 住んでいる場所は、ハードリンという賑やかところだった。 フルムーンパーティーが行われている所だ。 フルムーンパーティーは、その名前の通り満月の夜に行われる。 パーティーにはコ・サムイやスラターニーから若者が集まる。 ハードリン・イーストの浜辺は人で一杯になる。 夜になれば始るが、盛り上がるのは深夜12時を過ぎてからだ。 ある者はビール、タイウイスキー。そして、ある者は大麻や大麻樹脂。 「紙」と呼ばれる「LSD」を食べて参加する者も多い。 異常にテンションが上がっている者は「紙」か「スピード系」をテイクしてる場合が多い。 若者は何かに取付かれたように踊り狂い、酒を飲み、トリップする。 そして、パーティーは翌朝まで、時により昼過ぎまで続くのだ・・・

第5話:焼き魚とカオニャオ

女の名はニーと言った。「おれはケン」と健二は照れくさそうに答えた。 どちらもタイではよくある名前だ。タイでは本名ではなくニックネームで呼ぶのが普通だ。 友達でも本名を知らなかったりする。女の本名はプラニーであった。 健二は冷めた焼魚とカオニャオをほお張った。おなかが空いていたので上手い。 ニーはにこにこして健二を見つめていた。タイでは相当貧しい家でも食い物だけは豊だ。 おかずが2、3品、スープ、ごはん。日本人のように単品というのは少ない。 日本では、焼き魚、ごはん、味噌汁という献立は普通だが、タイでは数品のおかずは当たり前の事だ。 タイは中国の食文化の影響が強い国なのだった。 おなかは満たされたが、このまま部屋に戻れるのだろうか。ごはんをごちそうになって帰るのは難しいだろう。 しかし、「じゃ、おれ帰るわ」と健二は小さな声で言った。 「そう、あなた 帰るか」とニーはごく自然に答えた。 「え〜、うそだろう。引き止めないのかよ。」健二は心の中で思わずつぶやいた。健二は信じられなかった。 今までの経験では必ず女は引き止めた。なんか肩透しをくったみたいだ。 健二は言った手前、引き上げざるを得ない。部屋に戻ったが、妙に落ち着かない。 やはり、ニーの部屋に戻ろうか迷った。 さんざん迷ったあげく、健二はそのまま寝る事にした。 明日はペナンだしな。しかし、寝ようとすればするほど眼が冴えるのだった。 「やはり、ニーの部屋に行こう」と健二は自分を励ました。 ズボンを穿きニーの部屋の前に立った。部屋のドアは閉まっていた。客がついたのだ。 健二は後悔した。さっきそのまま居るんだった・・・。 このままハジャイを後にするのは辛い。チケットを買わなければ良かった。 たかが娼婦じゃないか。でもこのまま分かれるのは嫌だ。 自分の気持ちだけには嘘をつきたくない。健二の数少ないポリシーだった。

第6話:日本脱出

日本の会社を辞めたのは、閉塞した社会に疑問を感じたからだった。 上司へのごますり、部下へのご機嫌取りにうんざりしたのが大きな要因なのだ。 それ以外にも理由はあるが、面倒くさい人間関係に原因があることは確かなのだ。 健二は一部上場企業の中間管理職をしていた。収入もけっこう高いほうだった。 廻りの連中は不思議がった。 「何で辞めるの?」「今辞めても再就職出来ないよ、この不況時に」たしかに、会社を辞めてアジア放浪したところで就職できるはずもない。 まして、30代後半の男には厳しい雇用情勢である。しかし、健二はそれでもいいと思った。 アジアの果てで朽ち果ててもいい。それも人生だ。 大げさなようだが、それくらいの覚悟はしている。 自分の当面の夢であるアジア放浪が出来ればそれでいい。 自分の気持ちだけは大切にしたい。本音で生きたい。好きな事は好き。嫌いな事は嫌い。 日本を脱出する時に決めた唯一の約束事だ。

第7話:明日はどこへ

明日はペナンにするか。それともハジャイに留まるか。別に急ぐ旅ではない。 健二は悩んでいた。悩んだ末に留まる事にした。 ニーの客になろう。ニーの話しではここには日本人は来ないという。 「あなた、はじめて」だそうだ。たしかにタイ人しか見かけない。 翌朝は近くの食堂でバミーを食べた。この町は中国人が多いせいかバミー(※1)がうまい。 東北に行くとバミーではなくクッティオがほとんどである。 (※1バミーは、小麦粉が入る黄色い麺、クッティオは米の粉で作る麺) そして、ムスリムの人用の食堂が多いのが特徴だ。 南タイはムスリムの人口が多い。「昼はムスリム料理を食べよう」と健二はつぶやいた。 それと、ニーになにかおみやげを買おう。 ハジャイという町は碁盤目状になっているので分かりやすい。軽四輪を改造した車がこの町のタクシーだ。 近くて5バーツ。ちょっとした距離でも10バーツ。ただし、外国人は2倍だ。 健二はタイ語が話せるのでタイ人価格で乗る。タイは基本的にタイ語の世界だった。 旅行者の多い地区では英語も通じるが、その場合は外人料金の場合が多い。 健二は町の北側にある時計塔の側のショッピングセンターに入った。 中は冷房がぎんぎん効いていて涼しい。ぶらぶらとお店をひやかした。 だが、欲しいものは見つからなかった。結局中では買わずに屋台で果物を買った。 りんごだった。南タイでは取れない。おそらく中国産であろう。

第8話:ニーの部屋

ホテルに戻りシャワーを浴びた。冷水だった。健二が日本を飛び出したのは8月。 それから既に6ヶ月が経過していた。今は2月。さすがにこの時期は冷水はきつい。 ホットシャワーがほしい。だが温水シャワーのあるホテルは高い。 高いといっても400もだせばあるのだが、貧乏旅行の身にはままならない。 昼間はまだいいのだが夜間は相当勇気が要る。 もっともタイ人は冷水に慣れているせいか平気のようだ。 階段を降りるとニーと眼が合った。「おはよう」とニーはあいさつをする。 「サワディー・カップ」と健二は照れながらあいさつした。 可笑しなものだ。お互いが相手の国の言葉であいさつをしている。 「いま、いいかな」と健二は尋ねた。「ああ、いいよ」とニーはあっさりと答える。 ふたりは部屋に入った。部屋にはダブルベッド、テレビ、ステレオ、冷蔵庫。 おまけに携帯電話まであった。「へ〜、携帯持ってるんだ。高いんでしょう」と健二は問う。 「いま、プロモーションやってるから安いね」とニーは答えた。 「プロモーション終わったら止めるよ」と付け加えた。なかなか経済観念にしっかりした女のようだ。 健二はベッドに腰を掛けた。ニーはラジカセにテープを入れた。 音楽はタイポップス、女性だった。その名前は分からないが、聞き覚えがある。 おそらく有名な歌手なのだろう。ニーが健二をじーっと見つめる。 健二は思わずその視線を避けてうつむいてしまった。なぜだろう。 女を買うという行為がやましいからなのか。いや違う。唯の照れだと健二は自分に言い聞かせる。 健二は気まずい思いを振り払うようにして、「いなかはどこ」と尋ねた。 「チェンマイ」とニーは自慢げに答えた。「良い所ね」とも言う。 健二はチェンマイに行った事がある。日本人が沈没している所としても有名だ。 「沈没」というのは、旅行者用語で同じ場所に長逗留することをいう。 ニーは、ドアを閉めて、体にバスタオルをまとい風呂場に行く・・・

第9話:キャセイゲストハウス

昼飯はバックパッカーの多いキャセイゲストハウスで取った。西洋人の客が多い。 日本人客もちらほら居る。ここの食堂で「朝食」を食べた。 「昼飯」の時間なのだがここは「朝食」のメニューしかないのだ。トースト、目玉焼き、ハム、それに紅茶。 これで32バーツ。ホテルの朝食の半額以下だ。 この食堂で日本人の老人に出会った。77歳だという。一人旅である。 東京の町田でアパートを経営している。海外旅行が趣味で、年に4、5回は行くそうだ。 英語は全然話せない。中国語が少し話せる。戦時中、中国に居たのかもしれない。 日本を出てシンガポール、マレーシアを経てここに辿りついた。 これから北上してバンコクに向かい帰国する。全日程1ヶ月とのこと。 このルートを旅行する者は多い。私も何回か実践している。 しかし、英語が全然できないので、出入国カードはスチュワーデスに書いてもらうという。 ことばなど話せなくても何とかなるのかもしれない。 「あなた、仕事は何を?」と老人は問う。「いや、会社は辞めました」と健二は気まずそうに答えた。 「ああ、そうなの」「これからどうするの」とさらに質問は続く。 「いや、まだ決めていません」「じゃ、これで」と健二はその場を離れた。 説教を受けに旅行してる訳じゃない。説教おやじとこれ以上付き合っても仕方ない。

第10話:ペナン行き

キャセイの下の旅行会社でペナン行きのチケットを買うことにした。 ニーの居るハジャイにもうしばらく滞在したいがビザの期限は迫っていた。明日、とりあえず出国しよう。 どうせ、ハジャイにはまた寄るのだ。ビザを更新してから考えればいい。 ホテルに戻って、明日ペナンに行くとニーに告げた。 「ああ、あした行くか」「また、ここ来るね」とニーは確かめる。 「ああ、たぶん来るよ。いや絶対来るよ」と健二は言い直した。 健二は部屋に入ってベッドに横たわった。 天井には大きな扇風機ががらがら音を立てて廻っている。

第1部:おわり


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