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コサムイ物語 

■□Koh Samui Stories□■


私が住んでいた(1995年〜1999年、2003年〜2004年)コ・サムイとコ・パンガン、 あれこれを本音で語るコラムです。 旅行しただけでは分からない真実の姿がここにある!! コ・サムイ、コ・パンガンはタイ湾にある島です。コは島というタイ語です。 ビーチでのんびり読書でもどうぞ!


Koh Samui stories

第73回:バーをオープンした「オイ」

かみさんの友人の「オイ」がラマイにバーを開いた。 場所はアマデウスバンガローの裏のビーチにある。 海岸からはすぐの場所だ。 雨期には増水のために危険だ。 案の定、洪水で一度店をだめにしていた。 女性3人の共同出資だ。 店の雰囲気は悪くない。 昼間が中心だが、夜もビーチにござを敷いて営業している。 売上はぼちぼち。 来月は彼氏の居るドイツに行くという。 彼女の出資はドイツ人の彼氏が出した様子。 さてさてうまくいくやら。 ちなみに店名はまだない(たぶん)。

第72回:コ・サムイのタイマッサージ店

今回はクライアントの依頼でタイマッサージの店を紹介した。 相場よりははるかに安い。 オーナーが知り合いなので「仲間価格」にしてもらった。 依頼者には大変物件を気に入ってもらい、私としても嬉しい。 彼の妻(タイ人)にも手放しで喜んでもらえた。 ただタイマッサージ店は最近過当競争の状態であり、他店との差別化を計らないと経営的には難しい。 コストの面では無理はないので、あとは営業努力により勝ち残って欲しい。


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第71回:コ・サムイ在住日本人50人!?

コ・サムイ関連のサイトをのぞいて驚いた。コ・サムイに住む日本人が50人も居るそうだ。私が住んでいた3年前は、せいぜい20人くらいだったと言われている。この数字にはプー太郎も含むのだろうから、当時からそのぐらいは居たのかもしれない。日本人会も行われたらしい。プーケットには100人以上の日本人が在住して居ると言われているが、そのうち、100人を超すのかもしれない。

第70回:エンジェルバー閉店

日本人経営の「エンジェルバー」が閉店していた。この店は日本人3人で出資していた。S氏の彼女がママだった。閉店の原因は不明だ。オーナーとは連絡が取れないので話の聞きようがない。理由は大体察しはつくが。雨期のローシーズンを如何に乗り切るかがキーだと思う。ピークシーズンは何処の店でもそこそこの売上がある。しかし、ローシーズンは本当に厳しい。固定客がついている店はリピーターが多いのでなんとか売上がある。しかし、フリーの客だけではローシーズンを乗り切るのは厳しい。まして、コサムイでは新設のバー街が2ヵ所出来ていた。ローシーズンを辛抱できる店だけが生き残るのかもしれない。

第69回:アンコール出現

久しぶりにコ・サムイに行った。わずか2日間の短期滞在。ずいぶん様子が変わった。ラマイには「アンコール」というクラブと集合バーが出来ていた。名前の通り「アンコールワット」をモチーフにしている。他にも集合バーが出来ていた。こんなにバーが出来て商売として成り立つのか少し疑問だ。マーケットも新しく出来た。果たして、どの店が生き残るやら。この時期のコ・サムイは人がまばらで寂しげだ。

第68回:クラビーに出店

コサムイのタトゥーから電話があった。コサムイのバーの売上は上々。うちのかみさんに戻れコール。最近ではコサムイだけではなく、クラビーにも出店するとのことだ。絶好調。しかし、悲しいかなタトゥーには信頼すべき仲間が居ない。うちのかみさんに対しては絶対的に信用している。コサムイにはふたり奥さんが居るが、信用はしていない。まあ、ぜいたくな悩みの類とでもいえよう。そのうち第三婦人をクラビーに派遣するのだろう。

第67回:スウェーデン人のジョニー

スウェーデン人のジョニーは、タイ人の知人の女性とバーを共同経営をしていた。彼はコ・サムイには、5年住んでいた。ところが、パートナーのタイ人が店を売りたいという。ジョニーとしては売りたくない。毎日、売る、売らないで言い争いをしていた。何が原因かは分からない。結局、ジョニーが折れて店を売ることにした。買い手はドイツ人。タイ女性は別の場所でバーを出した。ジョニーはどうしたかというと、スウェーデンに帰るという。悲しいかな、外国人ひとりではどうしようもない。Joe,おれはスウェーデンに帰って働く。お金をしっかり貯めてな。1年したら戻るさ。そうして、ジョニーは祖国に帰った。それから1年以上過ぎたが、ジョニーは戻っては来なかった。

第66回:コサムイのマクドナルド

今年の1月にコサムイにマクドナルドが出店したのは既にお知らせした。観光化が進むコサムイにあっては当然の流れかもしれない。訪問客の大半がヨーロッパ人なのだし、タイ料理が食べられない者も多いし、仕方あるまい。日本料理店すら出来ているくらいだから。しかし、コサムイの食べ物では、何と言ってもシーフードに優る物はない。海老、蟹、生かき、ムール貝などどれも新鮮でおいしい。たまには、ファースト・フードもいいが、コサムイにシーフードは欠かせない。

第65回:ステファンまたも撃沈!

デンマーク人のステファンがタイに来た。タイ人女性と結婚するとのはなし。結納金70万バーツ、金15バーツ(1バーツ=15.2グラム)を花嫁側に贈る。結婚式は、コラート郊外のパクチョンの彼女の実家。式は順調に終わった。そこまでは良かった。しかし、後が良くない。挙式後3日後には、花嫁はタイ人の彼氏の居るバンコクに逃げてしまったのだ。ステファンはまた裏切られた。タイ人同士なら警察沙汰になるが、外国人にはいかんともしがたい。花嫁の両親に話してもうろたえるばかり。4日間、彼は花嫁を待ったが戻っては来なかった。彼は傷心のおもいでデンマークに帰国をしたのだ。このての結婚詐欺は少なくない。かくいう私も同胞の1人である。人生は勉強だ。ちなみに彼はデンマークで会社を経営する立派な実業家である。しかし、残念ながら女を見る目はあまりないようだ。

第64回:トゥカターからの電話

トゥカターからうちのかみさんに電話があった。コ・サムイに来ていると言う。トゥカターは、うちのビアバーで働いていた女のこだ。女のことはいっても、3人の子持ちであるが。デンマーク人のピーターと結婚して子供も出来たとのこと。まあ、仲良くやってくれトゥカター。なかなか愛想の良いこだった。バービアに勤めても良い子なら1年以内には男を見つけて止める。ファランは、そういう点ではおおらかなんである。日本人も見習ってほしいね。NGOでボランティアするのもけっこうだが、「おんな」をひとり面倒みれば、少なくてもその家族・親戚10人くらいは生活が楽になる。それが「良い結果」になるかどうかは、神のみぞ知る。もとい仏のみぞ知る。

第63回:カフェ、「ソムタム」

ナトンとラマイビーチの中間に、カフェ「ソムタム」がある。カフェといっても日本の喫茶店とは全く趣が違う。歌手やバンドが歌を唄い、それを楽しむというスタイルの店だ。タイ人が顧客なので、メニューや看板もタイ語だけ。一時ここの歌手が気にいって通ったものだ。お気に入りの歌手には、レイを贈る。ハワイで歓迎のレイをかけるあのレイだ。カフェの場合、これを客が1本20バーツで買い、歌手にプレゼントする。これが歌手のチップになる。5本で100バーツというのが相場。歌手にはまった客は10本、20本も贈る。カフェの歌手にいれこんで、財産をすべて無くした日本人が居た。おれじゃないよ(笑)タイのテレビでも、現金を貼り付けてレイにして渡す映像を見た人も多いかと思う。なかなか奥が深い世界である。ちなみに、タイのカフェの歌手のための「音楽学校」もあるそうだ。

第62回:ナオキからのメール

ナオキからメールが来た。就職が決まったとのこと。4月から働く。彼は消防士になりたかった。しかし、公務員試験に受からない。たしか、2浪か3浪している。ただし、残念ながら消防ではないとのこと。まあ良いじゃないか、地方公務員なんだから。本当に良かった。彼とはバンコクからコサムイに向かう列車のなかで知り合った。同じ車両だった。ぼくが話し掛けた。彼は言う、「コサムイに行きます」。というわけで、ラマイまで一緒に行った。その後彼は何回かコサムイに来た。コサムイが気に入ったようだ。うちのかみさんも、弟のように世話をした。お気に入りの女の子も出来たようだしね(笑)。

第61回:インディゴ・ブルーはひま!?

かつみと電話で話した。かつみにケータイを買わせたのだ。今では、海外にも送受信できるタイプで1万バーツ前後で買える。少し前は2万バーツ前後したのでだいぶ安くなった。イーメールを出しても返事は来ないしね。どうやら、今年はあまり売上が良くないようだ。味はなかなかいけるので、コパンガンに行く人はぜひ寄ってくれ。

第60回:正月のコパンガン

ぼくが住んでいた当時は、正月はどこのバンガローも一杯だった。クリスマス休暇のある西欧からわんさか旅行者がやって来る。おまけに、日本人も寸暇を惜しんでやって来る。ところが、いずみさんと電話で話したら、今年は、さすがに正月は混んでいたが、それ以降はすいているとのこと。なんでも、2,3日で帰るそうだ。今までなら1、2週間泊まる客が、1週間以内に引き上げてしまうそうだ。いずみさんのとこは、300〜500バーツ。なかなか長期で泊まれる客は少ない。コパンガンもなかなか厳しいのであった。

第59回:クリスマスカード

コサムイ物語 投稿者:Joe 投稿日:01/15(月)16:21
Denis,Rene夫妻からクリスマスカードが届いた。 彼らとは毎年交換している。 カードもスイスらしいカードだ。アドレスを教えたら E−mailを送ってきた。子どもの写真だった。 女のこが生まれたのだ。 ちなみに、スイスは寒いそうだ。そんなの知っているよ(笑)。

第58回:ラマイビーチのハム屋さん

今は無くなってしまったが、オーストリア人が経営しているハムとパンの店があった。ここのハムは絶品だ。パンも少し固いが美味しい。ドイツ風のパンだ。ハムも種類が何種類かある。サンドイッチにしてもイケル。ドイツ、オーストリアは、ハムやソーセージが上手いのは有名だ。この店、休みが多くてなかなか食べられない。あまり、商売気がないのだ。気がむいたら店を開くという状態だ。店主がオーストリアに帰ったようで閉店した。なんとも残念ではある。

第57回:コサムイのお正月

タイでは、ソンクラーンが正月なので、1月1日の正月はそれほど盛り上がらない。それでも、コサムイは西洋人の旅行者が多いので、飾り付けはしてある。1月1日、中国正月、ソンクラーンと年に3回正月があるわけだ。めでたいといえばめでたいが、けっこう忙しいのだ。

第56回:株屋のおっさんpart2

久しぶりにコサムイに行った時に、「おっさん」の話がでた。知り合いのS氏が経営するバーだ。相変わらずご熱心である。バーのおんなの娘が気に入り身請けしたのだ。コサムイに置いておくと働くので、いなかに帰した。しかし、いなかには、だんなも子供もいる。それでも良いから生活費を送る。コサムイで売春するよりましだという。なんとも理解に苦しむ話ではある。

第55回:コサムイのクリスマス

コサムイの旅行客の90%は西洋人。なので、クリスマスはけっこう賑やかだ。仏教国のタイがキリストの生誕を祝うのも可笑しなものだが、そこはタイランド。柔軟なのだ。店にはクリスマスの飾り付けをして、プレゼントの交換をしたりする。宗教的な要素は全然ない。この日ばかりは、にわか「クリスチャン」。まあ、日本もただの「お祭り」ですね。

第54回:RAT Bar

ラットバーは、うちのかみさんとスラーターニー出身のTで経営していた。バーが4軒、タイマッサージが2軒、美容院1軒をやっている。今やれっきとした実業家だ。そのうちの1軒を任された訳だ。タトゥーはソンテウの運転手をやっていた。彼はまず、ラマイでタイマッサージの店を出した。これが大当たり。マッサージ嬢も10人以上居た。ちなみに、ラットバーのRatは、ねずみの意味ではなくて奥さんのニックネームだ。ダブルミーニングかもしれない。ところが、奥さんとは別れてしまった。原因は「おんな」である。

第53回:ロックパブ

バウハウスの向かいにあるパブ。以前は洋楽と洋楽のライブをやっていたが、最近は、ライブはタイポップスを中心にしている。客の主流がタイ人だからなのだろう。深夜になると、タイポップスで踊るようになった。わたしてきには、タイポップスは好きではないので、洋楽ライブが良いのだけどな。洋楽ライブは「Rockers&Bikers」が主流になってきたようだ。ただこの店は、入りにくくてまだ中に入ったことがない。

第52回:Denis&Rene

スイス人の夫婦、Denis&Reneには、ラマイビーチで出会った。同じホテルに宿泊していた。誤解されると困るが、第1回の「変わった夫婦」とは全く別人です。彼らとはビーチで一緒に過ごすことが多かった。母国語はドイツ語。Denisいわく、「ジャーマンスイス」であって、ドイツ語じゃない、らしい。ドイツ語とジャーマンスイス語は違うそうだ。地域により単語や表現が違うのだろう。スイスの公用語はドイツ、フランス、イタリー語だ。なので英語はあまり上手くない。主人の方は少し英語を話すが、奥さんはドイツ語とフランス語。第二外国語は仏語だったが全然話せない。もっとやっておけば良かった。

第51回:クラブ「バウハウス」

バウハウスは、ラマイにある人気クラブ。ダンスフロア、椅子席、カウンター、それとサッカー中継をする大画面がある屋外席がある。クラブが盛り上がるのは1時過ぎ。2時頃にはダンスフロアーは満員になる。客は欧米人が多い。その次がタイ女性。タイ女性のほとんどは、バーの娘だ。たまに素人の娘も居る。バーでは給料は出ないのが普通なので、自分で稼ぐしかないのだ。バーで客を見つけてここに流れて来る娘も多い。今宵も男と女を求めてのバトルが始まる。

第50回:セブンイレブン

ここ1、2年の間に、コサムイにもコンビニが出店している。セブンイレブンが勢いがある。ナトン、チャウエン、ラマイに出店。いよいよナショナルチェーンの出店競争になるか?チャウエンにマクドナルドが出店するとの情報もある。地元の店が生き残れるかどうか。これから厳しい競争が始まりそうだ。

第49回:ナ・ムアンの滝

コサムイには滝がいくつかある。ラマイビーチとナトンの中間にナムアンの滝がある。1と2の2ヶ所ある。メインロードからはだいぶ距離があるので、バイクで行くのが良い。ナムアン2の方は、バイクを降りてからも少し歩くが滝はこちらの方が大きい。山道を歩くせいもあり滝を見ると歓声を上げたくなる。「お〜滝だ〜」なかなか清涼感を感じさせるものである。

第48回:ドリアンが旨い!

コサムイではドリアンを栽培している。アパートの大家さんがドリアン園を持っているので時々格安で売ってもらう。ドリアンは独特な匂いがあるので、好き嫌いが分かれる。ぼくは好きだ!あのまったりとした触感はたまらない。日本でも輸入品を売っているが高くて手が出せない。タイは果物天国!果物が好きなら一度はおいでよ。

第47回:コパンガンはフリーダム?

映画「ザ・ビーチ」の影響で旅行者が増えているそうだ。コパンガンはかつてはドラッグフリーであった。フリーといっても合法という意味ではなく、取り締まりをしない。単にそれだけのことだ。レストランでガンジャを吸い、「きのこ」を食べてトリップなんてのも当たり前の時代があった。メニューにも載っていたりした。タイ当局としても大目に見ていた。しかし、今は時代が変わった。フルムーンパーティーは今でも実施しているが、ドラッグは取り締まっている。あいもかわらず、逮捕される若者が後を絶たない。

第46回:フリーター嬢ブティックオープン

インディゴでバイトをしていた日本人女性2人組がブティックをオープンした。ハードリンウエストの集合店舗の一画にそれはあった。パンガンファッション(ヒッピー風)を販売していた。名義人にはタイ人の知り合いになってもらったそうだ。ちなみに彼女達は、ツーリストビザだけ。イミグレに見つかれば,不法労働で逮捕される。コパンガンにはイミグレがないので今のところは無事なようす。

第45回:子供の記憶力

インディゴのアイちゃんは、当時3才半。コパンガンの港町トンサラの幼稚園に通っていた。子供は覚えが早くタイ語をどんどん覚える。おれなんかよりも上手い。幼稚園は、タイ人ばかり。先生も当然タイ語。覚える訳だ。そのアイちゃんに、3年ぶりに再会した。ところが、おれのことを覚えていない。忘れたという。一緒に海に遊びに行ったのになあ。八百屋のともだちと一緒にさ。そりゃないだろ。アイスクリームも買ってやったのに。子供は覚えるのも早いが、忘れるのも早いのだった。

第44回:ジャンキーのヤス

コパンガンには、麻薬にはまったジャンキーが沢山いる。西洋人もいれば日本人もいる。やりたい奴はやれば良い。当然、違法なのだから、警察に見つかれば留置所行き。警官によっては賄賂で済むケースもあるが、保証はない。コパンガンには一年住んでいたので、色々な奴を見ている。ヤスという日本人の若者が居た。麻薬が好きで一日中やっている。ついに、逮捕された。保釈金を払い留置場からは出た。保釈金は両親が出した。普通はこれで日本に帰国する。もちろん、違法ではあるが。しかし、ヤスは帰りたくないと言う。保釈にはインディゴのカツミが手助けした。カツミも帰ろうとしないヤスにさすがに腹を立てた。

カツミ:「ヤス、いい加減にしろよ。もう面倒みねえぞ」
ヤス:「おれ、パンガン好きなんすよ」
カツミ:「勝手にしろ!!」
ヤス:「勝手にします!!」馬鹿は死ななきゃ直らない。

第43回:レゲーパブ

チャウエンビーチの老舗クラブ。音楽はレゲー、ポップス、テクノなど適度にまぜて流している。DJはイギリス人がやっていた(95〜99年)。日曜日にはビールの早飲み大会がある。男性部門と女性部門。女性の早飲みが面白い。自己紹介があり、各国から参加する。スウェーデンというと歓声があがるのは世界共通なのか(笑)。スウェーデンは美人が多いからなのか。それともフリーセックスのイメージのなせる技!?北欧では結婚しないカップルが多いけど、誰とでもセックスするのじゃないよ(笑)。

第42回:大阪出身の男、K

サンセットレストランに日本人の常連が居た。ナトンには半年住んでいた。そこのウエイトレスと仲良くなり毎日店通い。お金が底をついてきたらしく、食事は外の屋台で買い店の中で食べていた。日本なら叩き出されるところだが、そこはタイという国柄。寛容なのだ。いよいよ金欠になり大阪に帰った。.半年ほど働きまた戻るそうだ。ちなみに彼女とは婚約をしていた。

第41回:ヒッピーライフ

1960年代から70年代にかけてのトレンド。コパンガンにはこのヒッピーがまだ生息している。山頂の住人、インディゴのユイ、サンドレストランの女のこ3人とでハードリンにある山に登った。山頂にはスイス人とタイ人の夫婦が住んでいる。家は自分で建てた家だ。なかなか立派な家。山の途中には掘建て小屋があり、白人が住んでいた。日本人は居ない(笑)。電気もなければ、水道もない。火はプロパンガスを使っていた。キャンプ状態なのだ。キャンプの好きな人には苦にならないかもしれない。しかし、さすがにそこまで真似をする勇気はない。

第40回:ダイブショップ

コサムイには日本人が経営・管理するダイブシヨップが2軒ある。ほうぼう屋は日本人が管理している。ホームページを覗いたら12月15日まで休業するとのこと。コサムイは、11月〜12月10日までは毎日雨がひどく、ダイブには向いていない。Qさんが経営するサムイ・ダイビング・サービスも厳しいそうだ。

第39回:ひさびさのコパンガン

1年ぶりにコパンガンに遊びに行った。コパンガンはずいぶんと「こぎれい」になっていた。だいぶ店が改装していた。インターネットカフェもある。日本語が使用できる店まである。私が住んでいた当時とは雲泥の差。変われば変わるもの。インディゴブルーのかつみは、日本に帰っていて居なかった。いずみさんとは色々話せた。以前私が住んでいた家の前にあった「サンドレストラン」は閉店していた。私が住んでいた家は改装してレストランになっていた。

第38回:いずみさんとの会話

コパンガン在住のいずみさんと電話で話をした。彼の夫はタイ人。彼らの家族はバンガローを経営している。日本には年1回は帰国するそうだ。しかし、タイ人である夫のビザを取るのは大変だそうだ。私も妻のビザでは苦労している(Joe's Bar 参照)。外国人が日本にツーリストビザで入国してそのまま不法滞在。そして不法労働をする。たしかにタイ人も多い。しかし、正当な者にビザを発給しないのは差別だと思うよ。

第37回:メーオ、エイズに死す!

フリーターのメーオがエイズで死んだ。彼女にはオランダ人の彼氏が居た。彼の仕事は警察官。1年に2、3回コサムイに遊びに来る。バーには勤めずクラブで客を拾う。ところが、顔を見せなくなった。彼女の友人に聞くと入院したとのこと。彼女の友人に頼まれていくらかお金を貸した。返ってこないのは分かっていた。そうか、具合が悪いのか。たいして気にもしていなかった。しばらくして、彼女の容体をなにげなく尋ねて驚いた。エイズで死んだと言うのだ。タイには永くから付き合いがあるが、身近にエイズで死んだ人間は居ない。

第36回:ラットバーの”オイ”

オイには二人のボーイフレンドが居る。二人ともドイツ人。二人から毎月仕送りしてもらっている。複数のパトロンから仕送りしてもらう娘は多い。パトロンが同時にやって来るとたいへんだ。体はひとつ。相手はふたり。同時に相手は出来ないからね。オイにはどちらも大事な客。結局仕送り額の多いインコーを択んだ。バーの娘は実に現金なものだ。その選択が功を奏するかは神のみぞ知る。

第35回:S君との夜廻り

S君とは夜になるとバービア廻りをした。バービアがオープンするのは夜の7時から8時だ。その時間になるとバイクで夜回りをするのである。ぼくには彼女が居たので、もっぱらS君のお相手探し。なかなか目が肥えているので、やたら時間がかかる。特定のコを見つければ良いのだが、根がすけべなだけにそれも難しい。しかも彼はタイ人と3回も結婚しているツワモノ。サイというコがお気に入りだったが、若い日本人のボーイフレンドができて失恋した。S君はいったいどこに居るのだろうか。

第34回:カツミからの連絡

コパンガンのカツミから連絡があった。インディゴブルーのカツミだ。彼の話によると、水が出ないし電気も通じないとのこと。ちなみに、電気はハードリンでも政府系の電気が使えるようになった。水道はないので、水屋から買うか井戸を掘ることになる。彼の店は少し山側にある。電柱が立っていない場所なので切断されたとのこと。ぼくも、停電の日々を経験したが、けっこう辛いものがある。

第33回:いつまでも建たないバンガロー

チャウエンのTさんが、バンガローを建てることになった。彼が住んでいるバンガローのオーナーに依頼した。彼は100万円相当をオーナーに渡した。工事は着工したが、いつまでたっても完成しない。1年、2年、、、それでも終わらない。バンガローを建てるのにそんなに時間が掛かる訳がない。結局彼は騙されたのだ。しかし、彼は今でもそこのバンガローに住んでいるという。

第32回:ピーターとステファン

バーの常連にデンマーク人のピーターとステファンが居た。1年に2、3回来る。2週間から1ヶ月くらい。ピーターはサラリーマン、ステファンは自営業。彼らはお酒をよく飲むので上客だ。ふたりで1000バーツ前後使う。ピーターにはトゥカター、ステファンにはピムというなじみの女のコが居た。ちなみにトゥカターは3人、ピムには2人子供が実家に居る。ところが、ピムに新しいライバルが出現。オーストラリア人だ。ピムに結婚を申し込んだ。結納金200万バーツと破格。ステファンの失望ぶりは見ていられなかった。

第31回:ワンナーマッサージ

S君と遊び廻っていたころ、よくタイマッサージに通った。そこに美人姉妹が居た。ナコーン・シータマラートの出身なので色はかなり黒い。タイ語しか話せないので必死になって覚えた。「必要は、発明の母」です。けっこう仲良くなれたが、日本に帰国中にフランス人と結婚。実に残念であった。その後、フランス人に自分の店を出してもらった。子供もひとり生まれた。しかし、それから彼とは離婚。今では別の店で働いている。

第30回:チャウエンのTさん

Tさんも60過ぎのおじさん。かれこれコサムイに5年は住んでいる。仕事はしていない。離婚したので奥さんも居ない。しかし、タイ人の奥さんや彼女を作る気もない。Tさんの楽しみは、ゴルフの練習と自炊くらい。Tさん、一時ノイローゼになったことがある。ピー(幽霊)にとりつかれたのだ。サンセットのオーナーN氏と相談してバンコクの病院に入院させた。今では元気との風の便り。

第29回:株屋のおっさん

本名は知らない。痩せてるので、タイ人には「バンブー」と呼ばれていた。このおじさん、株が好きでよく「サンセット」で日本語の新聞を読んでいた。このおじさんもはまり組の一員。本人いわくパッポンは、卒業したそうだ。1年に2〜3回、1回2ヶ月は滞在する。バービア、マッサージの女と交渉して同棲をする。なかなか金払いが良いようでもてもてとのこと。まだ通っるのかな? ちなみに、年齢は、今年で60歳。

第28回:サンセットの「Mちゃん」

サンセットのマネージャーをしていた「Mちゃん」は、今ではサンセットに居ない。オーナーが店を譲渡したからだ。お酒の好きな彼は、毎晩ビールを大瓶で2〜3本は欠かせない。最近では、酒を飲まないと手が震える。オーナーも目をかけていたが、さすがにお手上げだと言う。店を辞めてからプーケットで働いていたが、そこも辞めたらしい。風の便りでは日本で働いているそうだ。

第27回:はまり組のY君

Y君はコサムイのはまり組の一員。バービアの女のコと同棲していた。ところが、警察に踏み込まれて逮捕された。容疑は「麻薬所持」。現物が出てきては弁解の余地が無い。裁判を受けて、国外追放。入国は当分出来ない。彼の父親は警察官だそうだ。女のコも常習者だが、買い物に行っていたので助かった。Y君のいる日本に行くといっていたが、未だにバービアに勤めているようだ。

第26回:テレビ関係者

川中美幸の夫が覚せい剤、大麻所持で逮捕された。なぜか、テレビ関係の人は好きな人が多い。コパンガンで遭った日本人にも愛好者のテレビマンは何人か居た。アート関係は多いけどね(笑)。捕まれば一生を棒に振ることになる。どうしてもやりたければ、その覚悟が必要です。

第25回:ラマイ・セントラル

略してラマセン。ここには長期滞在している日本人が数人居る。元教師の「トシ」は3年以上住んでいる。仕事はしないで、本を読んだりしている。将来はタイ語を教えたいという。なかなかタイ語も流暢だ。日本で「うん百万」を稼ぎ、タイに来たそうだ。彼は買い物以外はほとんど外に出ない。肌の色も白い。なんかとってももったいないと思うけどね。

第24回:カラオケ

タイ人もカラオケが大好きである。西洋人はあまり興味がないようだ。、コサムイではほとんど見かけない。ほとんどの店はタイ語だけ。英語の歌がある店もあるが少ない。つまり顧客はタイ人なのである。料金は店によりシステムが違うが、2、3人でサンソム(タイの焼酎)の小ボトルで300〜500バーツくらいか。バーの女のコもカラオケに誘えば喜んでついて来る。店は夜から早朝までやってる。

第23回:日本人カップル

3年くらい前に、コサムイに長期滞在しているカップルが居た。半年くらい旅行してるとの事。ベトナムで知り合い、以降一緒に旅行をしていた。安いバンガローを借りて自炊していた。バンガローが1日80バーツ、食費込みで1日200バーツで生活していた。クラブの「バウハウス」でよくであった。彼らはダンスをするだけ。ドリンクは何も頼まない。さすがに、おいらでも、ワンドリンクは注文するのだが、、その「カップル」に再びであった。男は同じ。しかし、女のコは前と違う。

Joe:「よう、久しぶり」
男「ああ、Joeさんじゃない。」
Joe「まだ旅行してるの?」
男「・・・・」
Joe「あれ、彼女、違う人じゃないの?」
男「・・・、そんなこと言わないでよ」
Joe「・・・・」

第22回:トラディショナル・マッサージ

コサムイには多くのマッサージ店がある。マッサージ師になるには資格試験があり、これに合格する必要がある。ただ実際は、無資格でやってる者が大半なのが現状だ。特にリゾート地では少ない。資格のあるのはせいぜい一人か二人というところか。1時間150バーツが相場。うまい人と下手な人は格段の差がある。もっともリゾート地の場合、お色気目当ての旅行者も多く技術より容姿を重んじる傾向がある。中にはかなり「あやしい」店もあるので要注意!店の雰囲気を見ればすぐ分かる。

第21回:ペナン詣で!!

コ・サムイ、コ・パンガンの長期滞在者のほとんどはツーリストビザである。コ・サムイにはイミグレのオフィスがあるので、ここで更新が出来る。ツーリストビザが2ヶ月。延長が1ヶ月。ダブルビザを取れば3ヶ月+3ヶ月=6ヶ月滞在できる。3ヶ月に1回は出国しなければならない。そこで彼らの行き先はマレーシアのペナン島だ。コ・サムイからペナンへは、旅行代理店でジョイント・チケットを売っている。ペナンはこの「ペナン詣で」が多いので、ビザをアレンジする業者が安宿街チュリアストリートに多く存在する。

第20回:保釈金相場

コパンガンのフルムーンパーティーの時には、ドラッグで逮捕される者が後を絶たない。10年以上前なら大目に見ることもあったようだが、現在は取り締まりをしている。現行犯逮捕されれば、トンサラの留置場行。こうなっら保釈金を支払って保釈するしかない。気になる相場だが、私が住んでいた当時(96年〜97年)で、大麻・大麻樹脂:5万バーツ、LSD・スピード:7万バーツ、ヘロイン:10万バーツ以上。但し、グラム数にもよる。グラム数が多ければ「売人」の容疑者になるので保釈されない。遊びのつもりでも捕まれば犯罪者。タイの刑務所は日本人にはかなり辛い!!

第19回:タオライ

コパンガンで日本の男のコと話をした。なかなかの良い男だ。彼の話では、白人女性からいきなり「タオライ」と声を掛けられたそうだ。彼には「意味」が理解できない。「タオライ」が「いくら」というくらいは知っていた。だけど、いきなり「いくら」といわれても「ピン」とこない。そうです。その白人女性は彼をタイ人と思い「買おう」と思ったわけ。彼もしばらく考えて思いあたっつた。彼はその「申し込み」を断った。

Joe:「断ったの、もったいない。いくら払うか聞けば良いのに(笑)」
彼:「いや〜、ぼくも一瞬考えましたけど、やっぱ止めました」
Joe:「貴重な体験が出来たのにね〜」
彼:「こんど、声掛けられたら聞いてみます(笑)」

第18回:フリーター

コサムイには、バーに勤めないで男を探すフリーの娼婦がけっこう居る。バーに勤めても給料が出る訳じゃない。多少出る店もあるにはあるがほとんどが無給だ。宿と食事は支給する。で、どうするか。そうです。バーの客と交渉するのです。そんな具合だから、人気のあるコはフリーになる。彼女達はクラブでカモを探す。夜中の1時すぎにクラブに行けば分かる。客の大半はタイの女のコだ。もっとも、「普通のコ」も来るから注意したい。いきなり、「いくら」「タオライ」なんて声かけるとひっぱたかれるよ(笑)

第17回:インディゴブルー

コパンガンにインディゴブルーというイタリーレストランがある。経営は日本人の「かつみ」。奥さんはタイ人のユイ。子供はアイちゃん。ちなみに店名は「アイ」ちゃんから命名したそうだ。コパンガンが好きで、ついに家を建ててしまった。屋根瓦がインディゴブルーになっている。少し坂を上がった所にある。7、8月と12月から3月にオープンしている。なぜコパンガンが好きなのかは想像にまかせる(笑)

第16回:フルムーンパーティー

コパンガンのフルムーンパーティーは世界的に有名だ。世界からパーティー好きの若者が集まる。コパンガンに1年住んでいたからそれなりに知っている。旅行者の一番多い質問は? 「葉っぱ」はどこで買えますか。「きのこ」はどこで食べられますか。「エル」はどこで買えますか。このての質問がやたら多い。言っとくけど、おれは売人じゃない。ドラッグも好きじゃない。そんなことしたらコパンガンでは生きていられない。土左衛門になってる。

第15回:さくらバーのQさん

ラマイビーチのさくらバーは日本人経営のバービア。オーナーのQさんはここで5、6年店をやっている。コサムイでは有名人だ。チャウエンでダイブショップも経営している。なかなかの商売人だ。コサムイの事情に精通しているので、何か商売を考えている人は一度話を聞いてみるのも悪くない。ただし、ビジネスマンなので、それなりの礼儀をもってほしい。いきなり押しかけて相談にのってくれ、というのは控えてほしい。

第14回:ヒンター・ヒンヤイ

ラマイビーチのはずれにある名所。ヒンター・ヒンヤイは、おじいさんの岩、おばあさんの岩という意味。してその実態はいかに。これは実際に行って見ることを勧めます。ここの名物は自家製キャラメル。これがなかなか旨い。おみやげにも良い。ここは透明度が高くダイバーが潜ったりもしている。シュノーケルに向いている。

第13回:バイク事故

コ・サムイではバイクの事故がとても多い。免許がなくてもレンタルでパスポートを預ければ乗れるからだ。ぼくも何回かこけて痛い目に遭っている。ノーギアの100ccなら原付並なので、原付に乗れれば問題ない。ただ100kmは出せるので運転は慎重に。病院に行けば、骨折してるファラン(白人)がごろごろしている。酒飲んでぶっ飛ばしたら、まちがいなく「あのよ」行きです。特に、ラマイとチャウエンの山越えは事故が頻発している。

第12回:日本人S君エイズに死す!?

S君はコ・サムイ、コ・パンガンの遊び友達だった。S君はとにかく女好き。それも若い女の子。彼に言わせると15、16歳が一番良いそうだ。バービアの場合、法律で18歳未満の子は働けない。ただそこはタイという国、全然居ないかと言うとやはり居るのだ。もちろん、警察に見つかれば経営者は罰金。しかし、需要が有れば供給があるのは道理と言う物。S君は必死で若い子を探す。S君は、以前結核を患ったことがある。運が悪く再発した。それでもS君は遊びを止めない。遂にぶっ倒れて入院。日本の病院に転院したが、その後杳として行方が知れない。

第11回:朝市

ラマイビーチのはずれに朝の3時から始まる朝市がある。野菜、果物などが中心。ここでパートンコーとジョークを食べるのが目的だ。揚げたてのパートンコーは旨い。バーが終わってからよく通ったものだ。たまにバーの娘と一緒のファランを見かけるがほとんどがタイ人の世界である。

第10回:サンセット・レストラン

ナトンという港町に日本人が経営するレストランがあった。しかし、今年になって店を売却したそうだ。オーナーのNさんは知り合いである。バンコク在住のビジネスマンだ。Nさんは以前コ・サムイに住んでいたが、あるトラブルに巻き込まれてコ・サムイを離れた。なかなかビジネスは難しいものだ。

第9回:ラマイの日本料理店

2年くらい前にバウハウスの向かいにジャパレスが出たことがある。残念なことに数ヶ月でつぶれた。話のたねに1回行こうと思っていた。すしの盛り合わせが300バーツだったからバンコク並の値段である。食べた人の感想はまあまとのこと。行こうと思ったときには店は閉店していた。原因は板前さんのビザだとのうわさである。オーナーは日本人ではなかったようだ。チャウエンに1軒ジャパレスが出来たが、果たしていつまで続くのだろうか。ちなみにオーナーはタイ人だそうだ。

第8回:バー・ビアの値段

バーをやっていた時に、よく同じ質問を受けた。ぼくもバーをやりたいんですが、いくらあれば出来ますか?と言う質問。ラマイ・ビーチの場合、相場は30万バーツ、日本円で約90万円。日本人なら稼げる金額である。じゃあ、100万円あれば店が持てるか。残念ながら、世の中それほど甘くはない。大体、営業許可が下りない。ぼくの場合は、かみさんとタイ人の共同名義。外人が、気に入ったからといってすぐ出来るわけじゃあない。

第7回:コーヒーかカフェか?

タイ語でコーヒーは「カフェ」とフランス風発音をする。コフィーと英語の発音はしない。有名な話だが、「コー・ヒー」は、○○○こを下さい、という文である。コーは、〜を下さい。ヒーは女性の局部を指す。だから、絶対人前ではコーヒーと言ってはいけない。もっとも、日本人クラブやバーの女の娘は知っている。日本人がコーヒーと呼ぶ事を。いっそのこと、「コーヒー」は廃止して「カフェ」にしたらどうだろうか。

第6回:ヨーロッパ人の英語力、2

フランス人の英語力はと言うと、う〜ん。難しい。極端な言い方をすれば、フランス人は英国人が嫌い。だから英語も話したくない。そんな話を何度か聞いた事がある。英国人から。確かに、仏国内では、あまり英語を話してくれない。じゃあ、仏語の通じない国ではどうしてるか。やはり、英語を話している。当然フランスなまりで。だから、日本人がなまったって不思議じゃない。

第5回:ヨーロッパ人の英語力 Joe's Bar から移転

コ・サムイの旅行者は断然ヨーロッパ人が多い。ドイツ、フランス、イタリー、イギリスなど色々ではあるが。国により英語の上手、下手がある。上手なのは、北欧系。スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、オランダは上手だ。下手なのは、イタリー、東欧圏、スペイン。もっとも個人差があるのは言うまでもない。ドイツ人は比較的上手だが、ほとんど話せない人も居る。逆に東欧圏でも英語がぺらぺらな者も居る。日本人の英語下手は、世界的に有名である。タイ人に何で日本人は英語が下手なのかと質問されることもしばしば。この不名誉な「有名」は是非返上したいものだ。

第4回:田舎暮らし Joe's Bar から移転

パンガンという島に1年間、住んだことがある。今から4年前。日本では、田舎暮らしが見直されている。都会を離れ、地方で仕事をして暮らす。私の場合、このコパンガンでの生活が将に田舎暮らしであつた。電気は、しょっちゅう停電。水は山からの水。停電は、丸1日の時もあれば、3日くらい続くこともあった。電力会社が政府系ではなく民間で出力が小さい。今は政府系が供給しているが。おまけに電気代も高かった。家は貸家で、土地が500m2。家は200m2。の庭つき。庭にはオーキッドの木があった。昼間はビーチ。夜はClub。ここで店をやるつもりだったが、結局、店を開くことはなかった。

第3回:いなかで豚を飼う Joe's Bar から移転。

コサムイでバービアを経営していた。バーの女の娘が店を辞めると言う。いなかに帰るそうだ。彼女のいなかはカンペーン・ペットという所。しかも、そこから車で1時間のいなかである。何をやるのかと尋ねたら、豚を飼うそうだ。たしかに、豚を飼ってる家もある。そこには行ったことがあるので事情は分かっている。バーに勤めていた子がいなかで豚を飼う。いかにもタイらしい話だ。

第2回:出稼ぎ夫婦

コ・サムイのビーチで、かごを担いで物売りをしている夫婦が多い。その多くはイサーン(東北部)の出身だ。彼らに出身地を尋ねるとイサーンの地名が出る。コラート、ブリラム、ウドンタニー、ノーンカーイなど。農繁期になると地元に帰り農作業をする。暇な時期は観光地に来て出稼ぎをする。農業国とはいえ、彼らの生活はなかなか厳しいのだ。彼らの家に寄った事がある。粗末なあばら屋に10人くらいで生活をしていた。ほとんどが同郷者だ。つまり、彼らにも出稼ぎのコミュニティーがあるのである。

第1回、変わった夫婦

コ・サムイでバーをやっていた事がある。正確にいうと私の妻とタイ人の共同経営。だから、そう言う意味では私が経営していたとう訳ではない。多少出資していたので、あながち間違いとは言えまい。そのバーには色々な客が来る。主にヨーロッパ人が多い。スイス人の夫婦は少し変わっていた。奥さんの様子が少しおかしかった。だんなに尋ねた。、生まれた赤ちゃんが亡くなってから、口を利かないとの事。余程彼女にはショックだったのだろう。精神が病んだそうだ。夫婦生活もないそうだ。しかし、別れるつもりはないと言う。そんな状態なら、だんながバーの女の娘と遊ぶのも仕方あるまい。奥さんも彼を責めることはないそうだ。