問いが降り注ぐ、ヒロシマの声のほうへ
「いくたびも語りを重ね、自由な散文にたよるとしても、
おちなく述べる力が一体誰にあるというのだ、
私がまのあたりに見たあの血と傷のいたましさを?
どんな舌も役に立たぬのはたしか だ、われらの言葉、
われらの記憶には、あんなに多くのことをとりこむだけの
受容力は無いから。」
「爆心直下の細工町の焼け跡からは、一、二歳の幼児をも交えた五人の家族の遺骨が、
円を描いて発見された。それぞれの前には茶碗や皿が並んでいた。」
なくなってしまった
前日 前々日 それよりももっと前の日 日々
頭の中へたたき込む
練ってすり込む
「あなたは両手をひろげて、干渉しあう色、放擲された数、忘失された知識を計測する」
戦争 ヒロシマ ナガサキ 原爆 日本 アメリカ 朝鮮 アウシュビッツ そして イラク
ここはヒロシマではない
角田だ
角田はカクダではない
「日本は、ただ一回の戦争による都市全体の消滅と言う最初の体験を、全世界に対して分かち持った(都市も共同体の
一形態である)。ヒロシマ(ナガサキ)は、アルメニアの都市ブルースやポーランドの田舎町アウシュヴィッツ、
ドイツの都市ベルリンなどの名と並んで、共同体が被った近代の責苦を代表する名のひとつである。」
事実、 と物語
操作済みの事実ではない事実、事実? と物語
何が語りかけてくるのか?
期待してしまう残忍
興奮した空の下 どんなことが起きたのか
精神 覗きたい
今なお閉ざされているあのときの傷を
ヒドイことを私は考えている
悲しいことしか想像できないので
期待してしまった
(意識的に行わないと思えば思うほど、意識的になってしまう自分)
「一番気をつけなければならないのは特殊化してしまうこと。語られる事柄、あるいは語るという行為を特殊化しない
ようにしたい。語ったあと、聞いたあと、どう生きるかという問いを忘れないために。
生きるということは二十四時間の日常の積み重ね。つまり持続。それが生きること、生命そのもの。
だから、切れた特殊化をつくってはならない。それをつくらないことで、記憶から生まれた証言や歴史性や
シンボル性をいかに保ちうるか。」
チャンスを逃すまいと
3泊4日 広島へ
広島への憧れ
(名を発することは名を欲望すること?名に依存してしまわないように、名を発すること?)
金閣寺のように膨らみすぎて
私の「知る」戦争を本当に期待してしまった
バカバカしい 悪いこと?
バカバカしい 悪いこと?
いったい資格があるのか?
「紙にインクがにじみだす この薄膜を信じるがいい」
たった4日間で原爆を知ること
ヒロシマはどんな顔をして私を迎えるのだろう
限りなく近づくこと
場に居合わせること
学校、 平坦な戦場・・・・・・心理戦の挙げ句の果て
「混沌とした世界は意味や価値のある世界に分類されていく。そして、相手へのメッセージを送る。
その媒介となるコードは一体誰が決めたというのだ?
日々の道徳の中で私は私自身に糾弾され続けているというのに・・・」
内側へ、外側へ
そうせざるを得ない?
知る怖さ
受け入れる強さ
気軽に?
「数の多さ・・・絶対的な倫理を作るための強迫の記号・・・数はいっそう頽廃する。
大量殺戮が恐ろしいのは、数の大きさではなく、その中に一人一人の死がないからだ。
だからその中から一人の例外的な死者を掘り起こすこと。」
たった一人の死者に出会うために「祭り」に赴くこと、これも「うつろ」なのか?
この「うつろ」はしびれるのか?
たちどころに始まるのは宴であり
その余韻もたちどころに消える・消えない
多様なあらゆる「うつろ」のうち絶対的なものを探していこう
私は私として感じればいいんだ
(「実感がないからさ・・・、実際に経験した訳じゃあないでしょう?
だから私たち、あまり重大な事だと思わずによく考えないんだよね・・。」
「本当にそうだよ。だけど、だからこそ、よけいに深く広く考えなくちゃ、
恐ろしいことになるね。」)
同じ人間だったら理解できるはずだ
同じ、人間?
「わかってますよ」わかってない・・解る、分かち合う
あなたの掌を見せて下さい
その皺一つ一つ語りあっていきましょう
「夜の部屋で人形に言う。人形よ 窓の外にも夜があるけれど 夜とともに世界がある。夜と世界のことを君に話そう。」
現実って何?非現実って何?
破壊と死の瞬間だけではないんだ
リアルでないのは次々に画面から消し去るから
(まるで動物を殺す瞬間を知らずに、肉を喰っている人間のよう)
生き残って一生のあいだ苦しむ人々が大量につくられたこと
特別な国に住んでいる?
(私たちは心に留めておかなければならない、この世にサクリファイスがあることを)
みんな幸せがいいと思っているのに
なぜ不幸なことをしてしまうのだろう?
錦の御旗?
「何が正義で何が悪か 答えは両方に同じだけ存在する」
「命の重さが同じである訳がない」
あと2日後は・・・
8月4日 東京駅
ここにいるたくさんの人は今何を思っているのだろう?
私は何を求めているのだろう?
8月4日 どんな顔を私は今ぶら下げているのだろう?
ともかく準備は万全
何が万全?
目的論的な言葉探し?
祈りはまだからっぽ
時間を設定する
8月4日の?時?分は「あの時」からどのくらい経った時間、時間の距離
距離を測る、測る、測る
近づくほどに遠ざかる距離を測る
ケイカク的行動?
広島がヒロシマになって行った時間をたどろうとして
広島は世界を失った、だから広島はヒロシマ
広島が一瞬に無、だからヒロシマ
何を欲しているのだろう?
何処へいくのだろう?
仲間の鞄には、ピースリボン バッチ
私は死を恐れて止まない
私は痛みを恐れて止まない
絶望と希望の間には携帯電話
ケータイ
私は興奮度が低いのだろうか
ぐっすり夜行バスで眠ってしまった
全員目覚める
8月5日朝 広島の境を越えた
ヒロシマ
突如現れた原爆ドーム
なんの前触れもなく
あの日のように
なんの前触れもなく現れ
あっけにとられた
フィルターを通して見ているような
接点を探した
私を蔑んでいる?
突き放している?
いや包み込まれている?
それでもここにいる
それでも私は生きている
再確認のように
再確認ですらないように
この「証人」の前に立った
これは証拠物件ではない「証人」
美しい「証人」
美しい?
川、大きすぎる
音楽が聞こえる
朝霧
確かにここにあることが存在した
この澄みきろうとしている景色に
奇妙なうれしさ?奇妙な感動?奇妙な深刻?奇妙な、奇妙な・・・・何?
何も考えないと忘れてしまうこの町
遠い昔は一面蘆原におおわれた広い三角州だった
死都広島、死者によって再生を支えている
装置、ネオ広島
「生き恥をさらした」という思いに追いつめられたまま、
生き生きとした生者は厳然と再生している
強いられ、方向を断ち切られた孤独を厳然というのだろうか?
「死すべきものは死んで、原爆で苦しんでいるものはいない」
隠すテレビ報道のような言葉
「私はギロギロする目で諦めてゐた・・・・・・」
(米内海軍大臣はしかし「天佑」とした)
いったい誰が平和の礎なのか?
75年間の生物不毛説が噂された町に
威勢ばかりの何者かがひたひたと集中砲火を浴びせようとしている
彼らによってやがては記憶も殺されるのだろうか?
(タガがはずれますよ)
旅館の女主人はさりげなく「このガラス瓶、ここで見つかったのよ」と
平和公園に向かう私に、捻れた瓶を指し示した
「蝉が鳴いてゐる 蝉が鳴いてゐる
蝉が鳴いてゐるほかになんにもない!」
暑い
気温は31度
暑い、
あの時は3000、4000度・・・
カサカサの骨のような産業奨励館
はるかに小さかった遺骨
溢れるほどの黒を湛えていて
(加害者が被害者に、被害者が加害者になってしまう瞬間をたどたどしく想起すること。あの時代も誰もが、同情したり共感したりする
善人ばかりだった。市民たちの幾人もの1937年の12月、「聖戦」を信じて南京陥落を祝う提灯行列に参加した。)
ほら、あの海兵隊にしても「聖戦」を信じている
「便所の蠅(大きな戦争が勃発していることは便所の蠅のやうなものでも知っている)にとがめられるわけでもないが、
一日寝ていたことの面はゆく、私は庭へ出て用を達した。」
今日の夕食は何だろう? 「おいしかった」と言う 広島の名物は何?
喰うために口を開けている私と永遠に閉じない口
名を想起しながらトイレにも行く テレビで笑うのか?
8月5日 夜の仲間たちの一言
「政治家の人々が変わらないと、私たちも変わらないと、結局平和は作れない。
男の人は戦争気質を持っているのか。」
(ブッシュは今日も自分のベッドで眠る)
私は今日はヒロシマの旅館の布団で眠る
いや、それとも広島の旅館で眠る
二日間とも朝食は目刺しがでた
私は無造作に頭からほおばった
「ドームは骨だけになって、影のように空の中にういていました」
「骸骨になったドームは、夜も昼も、うつうつと、眠りこけていました」
アメのように曲がった鉄骨、溶融塊
(残虐行為が悲劇になること)
捻れた鉄骨、ここだけが廃墟ではない
ここに詰まった時間を測定したいと一心不乱に見つめる
まるで整備されたとすら思ってしまう瓦礫が何を語りかける?
えぐり取られたドームは警告灯なのか?
映画のセットに見えて
ライトアップもされて
無風になったここに無風のまま残された「証人」
ここに何度となくやってきては
人々は何かを思った
それは平和なのか?
1945年8月6日8時15分
1945年8月6日、午前7時31分に空襲警戒警報が解除
解除された人々はそれぞれの戦時職務についた
飛行機が一瞬静かに光った
ゆったりとパラシュートのようなものが降りて・・・
話は、そして、かぎりなくある
午前8時15分 「なにがどうなったかわからないまま」
天井から火を噴いて死亡した
廃墟ヒロシマが誕生した
しかし しかし でも
戦争はまだ終わっていない
傷が美しい世界遺産
想像よりはるかに小さかった世界遺産
何を誇る?
いったい誰が残した遺産?
希望の場所?
記憶する場所?
命って何からできてるのか?
木と同化している?
八月五日、晴れ、少女は
「明日から、家屋疎開の整理だ。一生懸命がんばろうと思う。」と日記に書いた
熱線に焼かれ爆風に倒され放射線に侵され・・・・
女学生たちは乾魚を並べたように身を横たえた
「祖母はあれ以降8月6日に外出することは決してなかった。」
平和を願うときに
たくさんの警察官?
党派が政治的な武器にする
党派が沈黙を利用する
その党派の中にいるのだろうか、私も?
いや、気軽に気軽に
まだまだ まだわかっていないけど気軽に
ヤー、ヒロシマ!
ヤー、ジェニーン!
2003年8月6日 午前8時15分
ダイ・イン
同じ空の下で
何もない空の下で
青い澄んだ空の下で
私は眼をつぶる
「米英軍は開戦以来2003年4月11日までに、精密誘導弾1万8000発、巡航ミサイル750発
(湾岸戦争の3倍以上)をイラク人民の頭上に投下した。更に、核兵器級兵器と言われるデイジーカッター、
クラスター爆弾、バンカーバスターを人口密集地で使った。
しかも、それらにウランパウダーや劣化ウランを使ってイラク全土に放射能をばらまいた。」
ウラン
イラクの子どもたち
死産の発生率の異常な高さ
イラクの眼差しに挑まれ
ヒロシマの眼差しに挑まれる
(アメリカは影響なしのキャンペーン)
私の眼差し
被爆者の眼差し
ヒロシマに挑まれ何によって応える?
リサイクル、核のエコロジー、劣化ウラン弾
過去を現在に呼び込む手だてを考える、小さく曖昧な想像力で
わからなさを徹底して感じることからはじまる?
びた一文変わらない?変わるのは何?
混乱を混乱のまま
このコトバは書き連ねられ
どこに吊されるのだろう?
身体全体で
全体で?
黙祷
君が代?
黙祷?
声をあげるまでもなく昇天した人間たちへ
黙祷!
身体と頭がずれた
向こうでは平和式典が厳かに
厳かに挙行されている
「県立第二中学校の奉仕隊は、西部のある橋梁の上で、作業上の指示を受けている瞬間被爆し、
全員全身の火傷を受けたが、引率教員は解散を命ぜず、静かに“海ゆかば・・”の歌を合唱せしめ、
終わって始めて解散を命じ一同を川に投ぜしめた。」
こちらとあちらがずれた
無理矢理の鎮魂はどっちなの?小泉さん
2003年の8月6日の遺骨たちはいったいどこにどのくらい眠る?
目覚めよ!
地中に眠る人々を、まるで地雷撤去作業のように除け者にしようとして、撤去することもなく、
弔うことに途方に暮れて
スポーツドリンク片手に安全地帯で、平和を心で連呼して、踏みつけにしたまま立っている
平和公園に
「国際人交歓の一大中心地とする」
国際人、いやな言葉だ
百基を超える慰霊碑、記念碑
記念碑なのか?
(肥満の瀰漫、私たちはうなだれて、それでもなお過ぎる、風が暴動を起こし、死が通り抜けた街の道を)
226870人の原爆被爆者
「数、人間を員数において考え、死者を数量において考えるのは、大衆化し群衆化した社会に
特有の頽廃だろう。しかし、われわれはいまもなお世界戦争・ジュノサイド・核兵器といった
20世紀に特有の悲惨を語るのに、死者何十万人・・といった数量以外に方法を持たないのである。」
広島市民7人に一人
ヨーロッパから来ていた牧師
捕虜のアメリカ兵
とくに多いのは、工場や軍隊へ強制的に連行されてきた朝鮮人だった
登録者約6300人 いや約20000人
「まだ、息はある・・・。わしの番がきてから、軍医がおった、軍医が、油ぬっておったのが、わしに、
きくんじゃ、「どこでやられたか」そ奴がきいたから、「紙屋町で、おうたんじゃ・・・」わし返事したのよ。
わしが言うのをきいて、「きさま!鮮人だナ」おらんでから、いまに殺しそうな目のツラして、わし、にらむんじゃ、
おう!〈ええぃ! こんな奴の世話になるか!〉わしゃあ、ハラの中でおらんで、そのままそこ離れたんじゃ・・・。」
被爆者手帳を持てること・持てないこと
「平和大会? ああ、あの騒ぎは、わしらにゃあ、いっちょうも関係ない。行く気にもなれん。」
58年間燃え続けている火
己浅墓故茲に精進す
確かに焼かれた四千度
地の底まで三秒間
たった十秒の壊滅
「ピカはのう、手品師みたいな事しよったよ」
1u 20〜30トン 爆風
「元安川の水の一部が盛り上がったと思ったらクルクルクルと円柱となって空高く舞い昇った。
水の龍巻だ! 緑青色の海の底みたいな光線が瞼の上を夢ともうつつともなく流れた。」
「木の葉のように吹きとばされた」のは誰?
脈々と受け継がれたものは何?
放射線?
(雪のような白い粉 1946年7月 ビキニ環礁)
会場で 腹痛
「腹が破れそうに痛い」とノートに記録した
痛いんだろうか?
はるかに痛かったんだろうな
なんてことはない ここはYMCA会館
『見て 聞いて 学ぼう ヒロシマ』の会場
ビデオ上映 ヒバクシャの証言 ヒバク二世の証言
深淵の針で沈黙の言葉を縫いつけている人々に出会う
まるで原爆に会ったように?
1945年7月28日に誕生日をむかえた 当時中学一年生だったヒバクシャ
芋や豆の中にごはんつぶ
休んだ者は非国民
私は今国民なのか?
国民といっている彼らは誰?
(熱射病になるから帽子と水筒を忘れずに)
「音楽の授業では飛行機の飛来音の識別を勉強しました
あの日の朝 校舎は潰れました
ぞうきん ぼろきれ のような群れになりました
口が開かない みかんの缶詰が捲れた皮の間からすべり落ちました」
みかんの缶詰は彼の喉にどんなふうにしみ通っていったのだろう
犬が少年を食べる風景
におい
「君、君、そこで何しとるんや」
「母ちゃんの骨、拾うとるんじゃ」
「どうしてそれがお母ちゃんの骨と解るの」
「だってにおいが、母ちゃんのにおいするもん」
蠢く蛆への怒り
蠢く不快感
蝿の誕生
蛆が取り払われる
一瞬だけの爽快感
・・・・・・怒り
爆心地から800bの家
泥と血にまみれた母の乳房に彼の弟は口をつけず
母は不思議さと哀しさの中で息をひきとった
認定被爆者と被害者の違いは?
入り組んでいるヒバクシャ
家屋疎開作業という勤労動員のオプション
有事法制のオプション
痛みとはついに孤独な出来事なのに
公の場に引きづり出され、出ていく人々
被爆者、ヒバクシャ
つねに外に追いつめられて
カタカナで書く・書かない
柔らかな俵のようなヒバクシャ
五本の指が寄り集まってしまったヒバクシャ
右手が折れて垂れたヒバクシャ
「コレガ人間ナノデス」
カタカナで書いた詩人
鉄道線路に飛び込んだヒバクシャ
「隠語のような社会性・歴史性、そうさせてしまっている現在」
「明ケル夜ヲ待タズマタ夜ガカサナル カサナル夜ヲミトラズマタ夜ガ明ケル」
カタカナのヒバクシャは証言する
ヒバクシャが国境を越えてゆく
越境するからヒバクシャなのか?
チェルノブイリ
ムルロワ
韓国
イラク
アメリカ
沖縄
宮城
何度も何度も証言の場に立っている人々
立たない人
立てない人
すべて
何度も呼び戻される定時
その悲惨の内部でただ膝を折るようにして
孤独に引き戻される人々
その追いつめられた孤独に触れて、私はとまどう
とまどいさえも足りない私
まだ足りない
はじまりばかりがある
利用しているのかもしれない
(アメリカの元ABCC(原爆障害調査委員会)のあと、現放射線影響研究所、被爆者を中心とする10万人の寿命調査、
2万人の成人健康調査、1945年11月於東京大学都築正男氏、占領軍から「被爆者の傷害は半年後には全快すると
発表せよ」との命令を受けた)
死んだ人を解剖して死因を調べること、形而下学
死者を二度殺す私の疑問
骨はどのように飛び、蒸発し、崩れたのだろうか?
死者をさらに殺すこと、これは私にとっては忘れることと等価なのかもしれない
治療はなし
(教師の捨てぜりふのよう)
資料は全部アメリカへ
(わけのわからないまま決められた校則のよう)
アメリカ軍が落としたくて落とした、その結果
第三者に展示したくて展示した、その結果
「おさなかった私は、クッションのよい大きな車が迎えに来るのがうれしくてたまらなかった」
「すると、四方からライトをあてて写真をとった。」
この四方のライトはあの光のいったい何分の一?
同じじゃないのか?
(授業中、無為に暴力的言葉を吐き続ける教師のよう)
私は奴隷になる
涙を流してしまっても、流せないことを忘れてはならない
「フランチェスカ・ダ・リミニは地獄でダンテに、「惨めな境遇の中で、幸福な時を思い出すことほど、
苦痛なことはありません」と言ったが、生き残ったものたちはすべて、その逆も真実であることを知っている。
「伝達不可能性」は人間の生活条件に組み込まれた不可欠の構成要素である。それは生涯の刑罰であり、
特に高度産業社会で生きる上ではそうである。私たちは単子(モナド)であり、互いに伝え合うことは不可能である。
あるいは不完全な伝達しかできなくて、それは出発点で偽りのものとなり、到達点で誤解される。
議論は見かけ倒しで、単なる騒音でしかなく、実存的沈黙を覆い隠す多彩のベールでしかない。
ああ、私たちは孤独なのだ、たとえカップルで生きていても(特にその場合は)。」
灰色の領域で彷徨う人々に寄り添うには、
死者の孤独に接近するためには、どんな痛みが必要なのだろうか?
ただ聞くこと、ただ黙って肉体を晒すこと、ただ見ること
屋根に登って叫ぶことはできない、地下深く降りていくこともできない
映像 証言・・映像 証言 証言
とまらない
何が?
私はなぜ泣いてしまうか?
私を泣かせてしまうのは何なのか?
泣いてしまっていいのか?
「同情を感じるかぎりにおいて、われわれは苦しみを引き起こしたものの共犯者ではないと感じる。
われわれの同情は、われわれの無力と同時に、われわれ無罪を主張する。そのかぎりにおいて、
それは(われわれの善意にもかかわらず)たとえ当然ではあっても、無責任な反応である。
戦争や殺人の政治学にとりまかれている人々に同情するかわりに、彼らの苦しみが存在するその同じ時間軸・地図
の上にわれわれの特権が彼らの苦しみに連関しているのかもしれないーわれわれが想像したくないような仕方でー
という洞察こそが課題であり、心をかき乱す苦痛の映像はそのための導火線に過ぎない。」
いったい冷静極まりない、才覚のある誰が、何のために、という問いを忘れないこと
この名は重く、どのように声にしたらいいのかわからない
会場のあちこちからかすかにすすり泣きが聞こえる
ただ私は口を閉じ目を見開こうとし聞いた
遠いことの哀しさ
(私にはいつも端から見ている自分がいる)
遠のくから引きつけて
遠のくから引きつけようとして
「なぜこんな言葉の羅列が必要なんだという声、まともにその声をひきうけ、自分の内部の暗闇にまで浸透させ
決意するときに、社会的存在を根源的に揺さぶるダイナモがさしこまれる」
にせの社会的存在であることの不安に引き裂かれることへ
「戦後が戦前を生み出しているように感じる。」
彼は淡々と語った
「歴史の教訓を学ぶならば、国家の意志を武力に訴える戦争に、真実の正義はないことを
知らねばなりません。」
「赤い絨毯の上に立っている者が〈戦争だ〉と言えば戦争になるのだ。」
八紘一宇?
耐え難きを耐え 忍び難きを忍ぶ
健全な病気です
悲しみと同時進行です
ゲートルに防空頭巾です
頭にサイレン響きます
地を這うように薄い煙があがります
案内の林老人は絶え間ない咳をするように語る
比較を拒絶すること 比較を絶していることに挑むように
「たとえ一度に大量に殺されたとしても、それぞれの死に方には微細な差異があったはずだ。それぞれの人は、
特異でかけがえのない仕方で死んでいったはずだ。そのような差異を感受しようとしないことが、
すでに頽廃であると思う。もちろん、そんな差異を言い立てることは徹底的にむなしい。しかし、それを
むなしくさせてしまった側に立って事態を見るべきでないことだけは確かだ。」
「リットル ボォーイ!」
勢いよく飛び出した空気の玉が私の耳を震わせた
リトル・ボーイ
リットル・ボォーイ!
アメリカ軍爆撃機エノラ・ゲイ号
機関士の母の名前が機体に刻まれた
この母はいったい何を生んだ
1945年7月17日スチムソン国務長官は言った
「赤ん坊たちは満足に生まれた。」と
なぜ広島だけがB29の爆撃をうけずにいるのかと、首をかしげながら市民たちは建物疎開を急いでいた
「エノラ・ゲイ号がテニヤン島を飛び立つ時、従軍牧師は神の祝福を祈った。
このような牧師と同じアメリカ人であることを私は恥じる」
ちびっ子、少年、リトル・ボーイ
直径70p、長さ約3m、重さ4トンの子ども
彼らは美しい流線型のこの子を愛していた
これをいくら凝視してもいまだ不確定な大量の死は想像できない
下界で起こることを想像できないからできたこと
見えない敵に右往左往しながら抹殺されたイラク兵のように
七面鳥打ち!
砂塵にすら放射能が舞っていることを知らずに遊び回るイラクの子どもたちのように
(圧倒的に受動的な死への階梯)
「私は日本の皆さんにあやまってほしい。」と林さん
その欠片を偲ぶ蝉たち
その欠片が私の喉につかえている
地下司令部に降りていった
底が知れない語り部さんの話「ちょっと長くなるのですわってください。」
手のひらを地にやった
湿っている寂寥
灰の寂寥
黒い灰が私の手についた
地下司令部の通信係だった14歳の少女は爆風で2メートル吹き飛ばされた後
虫の吐息の兵士に聞いて、新型爆弾と報告し
爆弾投下命令書の中でアメリカ軍は特殊爆弾と言った
「カチインという金属的な、抵抗しがたい音響」を発した
大量破壊兵器
殲滅兵器
究極兵器
状況に蔓延し凡庸になりかかる
自己言及的兵器
攻撃を仕掛けた側も破壊される
ピンポイント爆撃
T字型の相生橋への
その他の地域への
イラクへの
貿易センタービルへの?
これらへの距離と58年間と私の間の距離
被爆後、市街電車がはじめて走った時、広島の人々はそこに希望を見た
(近代科学の成果、未経験の距離)
爆発後30秒くらいのうちに町並みは火災
「焼けたハーモニカのような、そして蛇の骸骨のように貨物列車が横たわった。」
30秒・・・・・・・
町のはずれの東練兵場
「ひるがよるになって 人はおばけになった。」
言葉がおばけになる
ピカドン
こんな音は取り扱えませんとまろうどは言ってしまえるのだろうか?
どうしてこんな短い擬音・擬態語を用いたのか
いや、確かに短かった?
9600mから投下、43秒後地上580mで炸裂
瞬時にして直径280mの火球形成
中心温度200万度
周辺30万度
地上温度3000〜4000度
ピカドン!
想像せよ
「柘榴とさけし」人体を
「仁王像の如く 腫れあがった」人体を
「石炭」のような人体を
ピカドン!
想像せよ
「はらっと届かぬ底に落ちてゆく」ように
絶望を抱きしめよ
想像せよ
自爆テロを
いや、爆弾による自殺だ
「広島市が一瞬の間にかき消え燃えただれて無に落ちた時から私は好戦的になった。」
テロだけれどテロなんかではない
死ぬことが希望になりうる時代の
追いつめられない私の地軸はゆっくりずれていく
ピカドン!
「痛い!と手を頭にやってみたらねっとりとしたものが流れていた。」
「ズルズルむけて」
「分泌物がポトポト落ちて」
「熟したトマトを突き崩したようになって皮膚ができなかった。」
Y氏は証言台ですべてが遅れてやってきたと述べた
あの時の忘却の力と今の忘却
地軸がずれて呆けたようにうろうろと
よろよろと運ばれ、やがて焼かれた
原爆ぶらぶら病
その日夜おそく、軍港の海軍を中心とした救護隊が、東練兵場に臨時の救護所設置
「午後11時ころ、広島駅や比治山の燃えているのが・・」
薬品や包帯などの材料は、7日の夜明けごろまでにほとんどなくなった
わずか50人ほどの救護隊
広島駅新幹線口の北および東側一帯
太田川 市内にはいると7つの川にわかれる 市民のいこいの場
一番の逃げ場
川、川、人が流れた川
人体が筏木の如く浮かんだ
それを知っている私の足下の草たち
樹木
裂開した芯を包み込むようにここにこうして
解説を加えられて
祈念のように立つ
樹木
34度で蒸発しそうな内側から間断なく汗が流れる
私はまろうどだ
それ以上分割できないものだった原子
1938年、ウランの原子核に中性子を照射すると二つに分裂する現象が確認された
1947年7月16日 アラモゴード砂漠の実験
実験地広島
軍都廣島
(1873年の徴兵令をはじめとする富国強兵政策がおし進められるなかで、しだいに軍都としての色をこくしていきました。)
昨日昼食をとった地下街はピチピチのお姉さんたちが輝いていた
美人多いな広島
なんにもない地下司令部
すべてがある地下司令部
なんにもない地下街
すべてがある地下街
(「私が産婆です。私が生ませましょう」と言ったのは、さっきまでうめいていた重傷者だ。)
「忍耐の限度の中、私たちはどんな貴族よりも高い精神のなかに呼吸していた。」
完全な再現は完全に不可能だ
一人生き残った人間の痕跡を求めた私は
レストハウスに行った
はじめてヘルメットをかぶった
黄色いヘルメットだった
階段を降りる
暗くどんよりしている
落ちてきそうなものは何もない
上の方から管のようなものが下がっていて水がたまっていた
黒っぽいような汚水
そこは押し入れ程度の空間だった
何もない
無音
友人が盛んにシャッターをきる音
ヘルメットの姿 水 少しはがれた柱
霊界は大混乱です
私も大混乱です
このビルの最上階の片隅に
監視カメラが設置されていた
そのカメラは鶴を掲げた少女の像を見据えていた
2003年7月31日の「有事」以降から希望を守るために?
資料館は端正なたたずまい
満員御礼の
広、島、平、和、公、園、原、爆、資、料、館
もう一度誰に「叩きつける」のだろう
これは「恥ずべき詭計」
「僕はふらふら階段を登っていく」
「僕はふらふら階段を登っていく」
「僕はふらふら階段を登っていく」
「廊下はひっそりと僕を内側に導く」
「ここは、これは。これは・・・僕はふと空漠としたものに戸惑っている」
中東の多くの人々にとってここは「聖地」のような場所
朝鮮の人々には「よい核」であってしまった
しかし、この国の賠償は、責任はどうだったのか?
表札のない小屋に住みたいと言った人 への
責任も、か?
「ちんぴらで、小心で、好人物な人人は、「天皇」の名で、目先まっくらになって、腕白のようによろこびさわいで出ていった。」
ほら、同じようなことがこの国の首都をはじめ世界でも起こっている
そんな零落が寂しくなり
それを突き止めようとして
ふみとどまる人
ホルマリン漬けの・・・
黒い斑紋の・・・
標本、モルモット、誰のための標本なのか
この資料館の写真は、それじゃあ標本ではないのか、どう違うの?
適温適湿で保存されているので
外見は変色しても材質は変わらないのだ
ひとつの作品を見るようにしている私
いやらしい
いやらしく
絵を見るように
いや、絵もある
美を求めたのではない絵もある
焼けただれた服
停止した時計
「金物じみた焦げ方」
黒こげの弁当箱
影、影、影・・・写真
夥しい数
夥しい障害
「機銃掃射の方がきれいな」火傷
吐き気
食欲不振
下痢
頭痛
不眠
「無言のままの深い溜息」
脱毛、15日後、三回櫛を入れただけで、はえぎわの一筋を残してすっぽり抜けた、
「剃刀で剃ったように」
倦怠感
吐血
血尿
血便
皮膚の出血斑点
発熱
口内炎
白血球・赤血球の減少
月経異常・・・・ すべてダメでした
ペニシリンは副作用が強いけどよく効いたそうだ
大きな悲しみの小さな枝葉たちの集積
「香煙がクルクルと急速に過ぎ」
爪はしなった枝のように曲がった
パラオで鼓膜に爆弾の破片が入って片耳が聞こえなくなった祖父を思い出す
「鼓膜をついて」
マザーテレサは言った、「黒こげの少年の写真を全世界の人に見せてやりたい」
腹這いに晒された少年の無臭写真
その一人の死者が抗議する「数を殺せ!」と
いったい何を君らは見ている?
いったい何を検証している?
記憶の漂流にあって嘘を練り上げる必要はない
記憶は心の痛みをともなって、死者とのあいだにわれわれが持ちうる唯一の絆である。
・・無情と健忘は連携している。・・・和睦するためには、記憶に欠陥があり、記憶が限られたものであることが必要なのだ。」
「写真が私たちに代わって道義的、知的な仕事をするわけにはいかない。だが、私たちが私たちの道を歩き始める契機にはなるのだ。」
セミパラチンスク、467回
カイナル村、42人の男
宮城県、245名
吃りもせず
観念語でなぞる
冷房の利いた展示室に家族の思い出の品のように静かに置かれてしまった
「壁に刺さったガラス」が突き刺さる
夕凪はまだだ
次は次は さらに次は・・・次へ
巡礼の地であるはずの宮島の海は私の眼にかぎりなく明るかった
表札のない小屋に住もうとする人のほうへ
ヒロシマの声のほうへ
《引用させていただいた主な資料(言葉たち、声)》
ヒロシマで出会った様々な人々の言葉の他に
『もうひとつのヒロシマ』朴壽南(舎廊房)/『原民喜詩集』原民喜(土曜美術社)/『屍の街 半人間』太田洋子(講談社)/
『原爆の子』長田 新編(岩波書店) /『ひろしまの瞳』土田康(青磁社)/『ヒロシマ・ノート』大江健三郎(岩波書店)/
『つぶやきの政治思想』李静和(青土社)/『原爆被爆者問題・改訂版』田沼肇(新日本出版社)/『広島平和記念資料館図録・ヒロシマを世界に』 /『平和公園碑めぐりパンフレット』三宅常彦/『歌集さんげ』正田篠枝/『生ましめんかな』栗原貞子/
『原爆体験記集』(広島市)より「野村英三氏の手記」/『インパクション132号・暴力と非暴力との間』(インパクト出版会)/
『続・藤井貞和詩集』(思潮社)/『ヒバクシャ・シネマ』ミック・ブロデリック編著(現代書館)/
『原爆と人間展・パンフレット』日本原水爆被害者団体協議会/『神曲・地獄篇』ダンテ(寿岳文章訳・集英社)/
『溺れるものと救われるもの』プリモ・レーヴィ(竹山博英訳、朝日新聞社) /『雪の区域』パウル・ツェラン(飯吉光夫訳、静地社)/
『他者の苦痛へのまなざし』スーザン・ソンタグ(北條文緒訳、みすず書房) /
『無為の共同体』「あとがき」ジャン・リュック・ナンシー(西谷修・安原伸一朗訳、以文社)/『世界・2003年十月号』(岩波書店)/
『尾形亀之助詩集』(思潮社)/『中原中也詩集』(白凰社)/『最終兵器』キングギドラ/『黒田喜夫詩集』(思潮社)/『岡田隆彦詩集』(思潮社) /『稲川方人詩集』(思潮社)
【あとがき】
*この詩集を創るにあたって、想像することの難しさ、表現することの難しさを知りました。
一文字一文字たくさんの想いが込められているので、しっかり味わってほしいと思います。(津田)
*「ヒロシマに接しようとしている私は偽善者ではないか。別に重く考えたいわけではない。・・・
だけど必然的にそうなっているのではないか。」ヒロシマに行く前の私の心境はこのようなモノ
でした。しかし、今は違います。完全に解ることがあり得なからこそ、考えるのだ、と。この詩
には、私たちが対峙している色んな「壁」を越えていこう、という思いもこめられていると私は
思います。(佐藤)
*想像する、表現することの難しさ、戦争。ヒロシマを感じとろうとする試み。無知と無力を乗り
越えて、どうにか明日へと繋げたい。切実に、切実に。今を生きるということ。金子先生に感謝!(岩佐)
*貴重な体験をさせていただきました。世の中は取り返しがつかないものが多すぎる。ヒロシマは
それを如実に物語っていると思いました。私は無力ですが、これからもヒロシマを探し続けて行
こうと思います。・・・ありがとうございました。(市川)
*こうして「詩」らしきモノは完成しましたが、今日の情勢を踏まえるにつけ、私たちのヒロシマ
への旅はまだまだ途上にあると思います。今回の創作にあたって、ヒロシマ市民の皆様、福島氏
はじめ宮城ネットの仲間、及び角田女子高校の先生方、津田印刷様、その他ご協力頂いた多くの
方々に感謝いたします。(金子)
問いが降り注ぐ、ヒロシマの声のほうへ
著者
市川真衣・岩佐瑛美・佐藤典子・津田春奈・金子忠政
校正者
市川真衣・岩佐瑛美・佐藤典子・津田春奈・金子忠政
編集者
金子忠政
装丁者
市川真衣・岩佐瑛美・佐藤典子・津田春奈
印刷所
津田印刷
発行所
砂流会・宮城高校教育ネットワークユニオン( http://www.ic'net.or.jp./miyagi)
仙台市青葉区二日町七の二十一平野屋ビル2階
二〇〇四年十二月三十一日発行