■2003年度実施報告(2003.12.30現在)

今年は四人の高校生が、詩を書く旅をしました。

 2003年度ぴぴんヒロシマは、角田女子高校読書自主サークルのみなさんが参加しました。
今回の表現方法は“詩”。8月6日を叙事詩の形で表現しようという試みです。
ヒロシマでのプログラム(8月5・6日)を終了し、現在作品づくりが進行中です。
ご期待下さい。

→ついに詩集が完成しました!
「問いが降り注ぐ、ヒロシマの声のほうへ」


詩集を読む>>


B5版46ページの大作です。指導された金子先生は「ようやく『詩』らしきものが完成しました」とご謙遜気味ですが、角田から出発して広島へ、そして様々な出会い、気持ちの移り変わり、葛藤などが時間の経過に沿って丹念に書き込まれた秀作です。

多くの方々に是非読んでほしいのですが、本の出版代など財政的に支えていただければと思います。財政的に支えるとは、もちろん買って読むことです。一冊500円で販売中です。


■事前学習会を開きました。(2003年7月27日)

事前学習会で「原爆と人間展@仙台市福祉プラザ」(主催:宮城県原爆被害者の会)を見学し、体験者の証言を聞きました。


パネル展示見学



木村さんの証言を聞く


■詩を書く旅の実際

◆8月4日

16:00 仙台駅集合(新幹線中央口前)
16:43 仙台駅発(Maxやまびこ62号)
20:00 東京駅八重洲口発(高速バス)

◆8月5日

8:00       広島バスセンター着 →宿舎に移動 
9:30〜13:00 被爆58周年原水爆禁止世界大会 分科会6「見て、聞いて、学ぼうヒロシマ―被爆の実相−」
14:00〜16:00フィールドワーク(広島平和公園内碑めぐり)

◆8月6日

8:00〜 9:00 グランドゼロの集い(独唱、詩の朗読、ダイ・イン、全国からの参加者から)
9:00〜11:00 フィールドワーク(広島城・地下通信司令部跡コース)
11:00〜     原爆資料館見学
午後         フリー
18:00〜     
2003人のとうろうピースマーク〜NO DU〜

◆8月7日

10:04 広島駅発(ひかり100号)
14:43 東京駅着
15:16 東京発(やまびこ59号)
17:19 仙台駅着、解散

※被爆58周年原水爆禁止世界大会参加の部分で、宮城県護憲平和センターのご協力をいただきました。あらためて感謝申し上げます。


参加した高校生たちの感想です。(2003年8月15日)

■「私たちが行った広島は、ちょうど原爆投下日に近かったせいか、平和を訴える人たちがたくさんいた。私は、すごく安心した。今、戦争に近づいていると感じていたからだ。だけど、宮城に戻ってみると「日常」に帰ってしまって、戦争の記憶を忘れられていると焦ってしまう。

私ははじめ、広島に行くことに抵抗を感じたけれど、今回、機会を与えられて広島に行ったことを、本当に良かったと思う。自分の無力さを感じながらも、行動することがどのくらい大切か、少しわかった。

■私は広島に行く前からずっと「私が広島に行く事によって何がわかるのだろう?私は行く資格など無いのではないか」という風な事を考え、さらには自分が行く事に対して偽善さえ疑っていました。しかし、それはただの恥じらいでした。結局は自分がまわりを気にしていたのかもしれません。誰に言われた訳でもないのに「偽善だ」と言われてしまうのではないか、という事を感じていたのか・・・。実際広島に行って、反戦・反核の運動をしている中学生、高校生、おじいさん、おばあさん、たくさんの人々を目の当たりにして、やっと純粋に「戦争は嫌だ!核兵器は嫌だ!」と口に出して言えるような気がしました。そうしてみんなよりも一歩出遅れてしまった私ですが、6日の朝の「ダイ・イン」では、平和への願いを込めながら素直に集いに参加出来たと思います。この時は自分の体で「反戦運動の気軽さ」というものが感じられたような気がしています。その気軽さによって行動に移せるのだと思いました。・・・という風に書くと、全部納得したように見えますが、まだまだ私の中で行動と頭で考えていた事のずれや、わからない問いがたくさんあります。が、それはこれからも考えていこうと思っています。今回の広島への旅は、自分にとってヒロシマをよく考える機会にもなり、とても楽しく、有意義なものになりました。」

■◆実際の広島は、私の中に温められていた広島とはだいぶ異なるものだった(あれ程忠告されていたにもかかわらず構えてしまったせいだろう)。全ての物事にギャップを感じてしまう中、現実とイメージの溝を咀嚼し認めていく事は大変であったが、それはそれでよかったと思う。◆実際の広島は、きれいに再建されていたとはいえ、土地、建物や人々、そして精神的な見えない所など、細部に渡って戦争の爪痕がはっきりと残っていたように思う。そこにはお勉強用の書物、映像だけでは知り得ない、あの日のヒロシマが息づいているのを痛感、終わってなどいないのだということを身をもって感じた。◆また、圧倒されたのは、8・6「平和を勝ち取る為に」戦っていた、広島に集う人々のパワーだ。そういった人々との出会いを通して、自分自身、少し成長できたのではないかと思う。◆私は、この広島の四日間は戦争についての見解を深める為の"始まり"にすぎないと思っている。戦争について「考えていた」自分が如何に甘かったことか…。イラク、核、有事関連法…問題は目前に山積みなのだ。◆最後になってしまったが、今回のこの素晴らしい機会を与えて下さった先生方、そして支援して下さった方々に厚く御礼を申し上げたい。

■私が広島に行って一番心に「ぐっ」ときたことは、ダイ・インの時に聞いた、活動をしている方たちのお話と、原水禁大会とフィールドワークで聞いた被爆者の方の証言でした。原水禁大会での被爆者の方の証言では、話すことがつらくなったり、途中で声がつまる気持ち、自然と涙が出てくる辛さが、伝わってきました。被爆2世の方の証言も、原爆によって引き起こされた被害・闇が世代を超えてのしかかっているということ、差別の現実など、少しだけかもしれませんが、知ることができました。フィールドワークの時の地下司令部でうかがった話の中では、「自分だけ助かってごめんね。」「どうすることもできなくてごめんね。」という思い、友人などが先に死にそうになっている時「お国のためですから泣かないで」と反対に励まされたという話などに胸が痛みました。ダイ・インでは、各地で活動されている皆さんの「人間を守ろう」「歴史を守ろう」とする熱が伝わってきました。一番前でそんなアピールを聞かせてもらえたことに感謝しています。反面、私のアピールがとてももどかしかった。

とにかく、このヒロシマへの旅に参加する機会を与えてくださった皆さん方に感謝するばかりです。「ありがとうございました!」広島にはヒロシマを伝えよう、行動しようとしている人々がたくさんいることを実感できたことは本当に良かったと思います。それと同時に、ヒロシマ・ナガサキの心を世界の人々に「作らせよう!」という気持ちになりました。(あーくさいけど・・・この一言に尽きます。)

今回の経験は一言でなかなか語れませんし、それ以上に原爆に会われた方々は語り尽くせないことばかりだと思います。だからそのことを私たちは忘れてはならない。一歩進んだだけですが、さらに大きな壁にぶつかろうという一心です。



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