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●バジャドリへ カーサ吉田で朝食を取り、8:00発のバスでバジャドリを目指す。今日の予定はバジャドリまで移動してノンビリと過ごす!こと。唯一の心配は宿の確保。宿が安いという話だけは仕入れたが、何処が安いのかが分からない・・・。まぁ何とかなるかと思いながらバスを待っていると・・・ 「暑いですねぇ、これからどちらですか?」 5,60歳くらいの初老の男性が話しかけてきた。奥さんと一緒にメキシコを巡り歩いているようである。老夫婦はアメリカで教師をしているらしく、これからチチェンイツァのホテルに向かい、そのまま遺跡を見るらしい。私がバジャドリを目指していると告げると、LonelyPlanetを見せてくれた。 「安い宿はこの辺にあるみたいですよ」 渡りに船とはまさにこのことである。そのまま地図を日記の空白に写し取り、安宿をチェックした。例のごとく「セントロ」と呼ばれる中央広場(ペルーではアルマス広場って言いましたよね?覚えてます?)に面して教会が建っている。安宿はこのセントロ周辺に集まっているようだ。 |
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about BALLADOLID ◇MAP表示→[3]の東◇ バジャドリはカンクンとチチェンイツァーの間に位置し、チチェンイツァーを訪れる旅行者の滞在地として有名。ただ地球の歩き方には掲載されていないので日本人は皆無。見所は「洞窟」だが、遺跡重視の旅の私は見てないのでコメントできない。興味がある人は「LonelyPlanet Mexico編」を見ると良いかもしれない。 またチチェンイツァーへの中継地として、遺跡から2kmほど北にピステという街もあるが、こちらは近いだけあって宿代は高い。バジャドリの3倍はすると見てよいだろう。 バジャドリ自体は小さくてノンビリした街。郵便局やスーパーマーケット、勿論、銀行もちゃんとあるので旅行しやすい。セントロ周辺のレストランも定食が20ペソと良心的だ。 |
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二時間と少しでバジャドリに到着する。バスターミナルは町の中心から徒歩10分くらい離れた場所にあるので、バックパックを担いでバスを去る。「またお会いするでしょうね!ブエン・ビアッヘ(よい旅を、というスペイン語)」老夫婦先生に別れを告げる。 町を歩くこと十数分、小雨が降ってきた。地図にメモした安宿を訪ねるが、両方ともクリスマス価格なのか10%ほどガイドブックに載っていた価格から高くなっていた。(それでもUS$10以下だけど)そんなものかと妙に納得しつつもより安いほうの宿をとる。そのまま宿に荷物を置き、街へ繰り出す。 絵葉書を出し、明日のチチェンイツァー用の水と食料を買いにスーパーマーケットへ行く。街のいたるところにはタコス屋台が出ている。車がギリギリすれ違えるくらいの狭さの道路の両側に、人が一人歩けるか歩けないかの広さの歩道がついている。町の大きさからは想像できないくらい、大勢の人が行き交うので、なかなかこれが歩きづらい。 スパーマーケットも二箇所、セントロの周りにあるが、これまた「ちらかっている」のだ。商品が並べられているというよりも、仕入れの状態のまま置かれている中からお客さんが、商品をとっていくという形。これが当然なのか?それにしてもあまりパッとしない・・・。 結局、初めての町に着いた時の行動パターンにのっとって、観光協会で街の地図を入手する。それを頼りにちょっと町外れへ歩く。メキシコでは日本のタバコ屋さんの感覚で、小さなコンビニみたいなお店がある。ここで水を購入!中心地よりもほんの少し安かった。 ●マヤの最高傑作「泉のほとり」を歩く 7:30発のバスでチチェンイツァへ。9:00着。快晴。 入場料85ペソを払って遺跡敷地内へ・・・た、高いんとちゃう?でも午前中ということもあって人がほとんどいない!ラッキー♪やっぱり遺跡は午前中に限るよねえ。 ゲートをくぐって少し歩くと木陰から巨大なククルカンの神殿「エル・カスティージョ」が茂みの影から姿を現す。思わず「来たなぁ、チチェンイツァ・・・」とつぶやいてしまう。手綱が無いと登れないくらい急な階段を登る。25mの高さにある神殿の最上部からはジャングルに静かに潜む旧チチェンや、戦士の神殿、千本柱の神殿(カゴメ・トマトケチャップのCMのロケ地にもなった。CM Movieはカゴメサイトの「老人と少女編」を観よう!かっこいいぞ!)、球戯場など新チチェンの遺跡が360度の限り無く広がるようなジャングルの中に見渡せた。 |

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ククルカンの神殿はほぼ東西南北に面し、柱にはジャガーと思われるレリーフが残っていた。最上部の神殿の柱にはうっすらと残るマヤ文字のレリーフや人物像が浮かび上がっていた。一年に二度、太陽が真上に来ると、この神殿にククルカンが降臨したような影が出来るらしい・・・なるほど、だから微妙に東西南北からずれていたのである! また、この神殿には内包するようにもう一つの神殿を内部に隠し持っていた。北側の階段横から内部に入れる。大人一人が歩いてやっと登れるほどの狭い階段を登る・・・。その先には神の使者チャックモールがこちらを見つめている小部屋にたどり着く。その暗がりの奥には翡翠の目をもつジャガーが目を光らせていた。 きっと20人も一度に入れば窒息してしまうのではないかと思うくらい息苦しかった・・・しかも湿度が異様に高い・・・夏に来なくて良かったと改めて痛感した瞬間だ。 ククルカンの神殿北部に位置する球戯場。ここは幅は20m程度と狭いが、奥行きがサッカー場くらいだろうか。内壁の基礎部分には勝ったチームのキャプテンの首が切られ、そこからホトバシル血が七条の蛇となって広がるレリーフがある。勝ったチームか負けたチームか諸説あるようだが、マヤの後期には生贄の心臓用の人狩りを行っていたことを考えると、やはり生贄になるのは嫌だったに違いない。 |
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about Chichen Itza ◇MAP表示→[3]◇ メソアメリカ南部のジャングルに栄えたマヤ文明。チチェン・イツァーはマヤ語で「泉のほとり」の意味。 チチェン・イツァーは、6世紀ごろに栄えた「旧チチェン」と、戦闘民族トルテカと融合した10世紀頃栄えた「新チチェン」からなる。旧チチェンは雨神チャックを祭るだけの文明だったのが、新チチェンで戦士の像や髑髏、羽毛の蛇・ククルカンがモチーフに書き加えられるようになる。 一時は芸術・宗教・経済の中心地とされたこの地も13世紀初頭、マヤパン族によって滅ぼされる運命にあった。 新チチェンは隅々まで手入れされた芝で非常に歩きやすい。旧チチェンはジャングルの中にあるものの、手入れは行き届いているので遺跡というよりも「公園」という感じ。 夜はライトアップされるナイトショーが開催されるが、私は見ていないが遺跡好きの人の共通意見は「遺跡を冒涜している」とのこと。確かに色とりどりで綺麗らしいが、あれだけのためにお金を払う必要はないというレベルのようだ。ちなみに夜のショーを見ると次の日の昼間の入場料が安くなる。(無料になるという話もあった) |
| 戦士の神殿上部にある神の使者「チャックモール」・・・生贄の心臓を両手に抱え中空を見つめる。随分前から戦士の神殿は立ち入り禁止らしい。遠くからの望遠レンズからでしか見ることができない。もっと間近で見てみたかったが、、、さすがにそうもいかない。何百何千という心臓をその台の上に捧げられてきたチャックモール像・・・。その前に立ったであろう神官たちの祈る姿が浮かんでくるようだ。何しろ戦士の神殿の壁には綺麗に復元された装飾が多数残されているからだ。漆喰が塗られ彩られていた時代はもっと綺麗だったに違いない・・・後ろ髪を惹かれる思いで、仕方なく千本柱の神殿に入る。 |

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千本柱の神殿の柱のうち、戦士の神殿寄りの柱は四角柱で、20本あろうかというそれぞれに戦士像が彫られて圧巻だ。(ハリーポッターの魔法使いのチェスみたいな感じ)その他は円柱の柱が等間隔で無数に並んでいる。強い日差しで、白い敷き石にくっきりとした柱の影が何本も並び、屋根のあったかつての日々はどんな神殿だったのだろうか・・・いや、もしかしたらこの神殿、屋根は無かったかもしれない、なんて考えたりする。 |

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さてセノテ・・・。干ばつや疫病が流行すると巡礼に訪れ、生贄や財宝を投げ入れたという。 この「聖なる泉」はチチェン・イツァーの北はずれに位置する。200mほど樹のトンネルをくぐって歩いていくと、生贄も歩いたであろう石の橋が見える。若い処女などが人身御供として捧げられたと言うが、その女の子を連れてこの道を歩いていった大人は一体どんな心境だったのだろう。帰りはきっと一人出歩いて帰るのだろうから、それこそ虚しさ(祈りか?)は1000年以上前に遡るようだ。 旧チチェンは、カラコル(天文台)や大量の財宝が発掘された高僧の墳墓が有名。その他には用途不明の尼僧院やエル・アカブ・ジブなどとプウク式(建築様式には詳しくないけど多分、尖ったヒサシを持つ建物のことかな)の建造物が並ぶ。旧チチェンには聖なる泉同様に「シトロク」というセノテも存在する。 追加情報 チチェン・イツァー入り口にはマヤ文字を使った金銀のネームプレートを作ってくれる。メキシコは金銀が豊富に採れ、価格も安いとはいえ他の地域の金銀に比べると5倍くらいの値段がついている・・・。古代文字をプレートにしてくれるのは、エジプトのヒエログリフとここだけなので、その希少性を考えるとお土産としては最高かもしれない。完成まで15分はかかるので、遺跡に入る前に注文しておくと時間が節約できてよいです。 ちなみに日本人のガイドさんがいます。2001/12現在 |