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●メリダへ チチェンイツァを堪能した私は、博物館横の売店で絵葉書を購入した。今思ってみると、ユカタン半島で一番安く購入できた絵葉書はここだった。(小さい絵葉書は4ペソ。大きい絵葉書は6ペソが相場)売店内にあるADO(アデオと読む。メキシコの一等バス会社)のブースで運良く15分後に出発するというメリダ行きのバスが買えた。そのまま土産物屋を駆け抜けてバス乗り場へ急ぐ。 「アミーゴ、バラート!」 やる気のない客引きの声をかわしてバスへ乗り込む。相変わらず車内は寒い。バスはカンクン発チチェンイツァ経由メリダ行きの一等バスだった。昼過ぎということもあってか乗客は少なかった。メリダまで2時間ほど。バックパックをそのまま隣の椅子に置いて地球の歩き方を開く。メリダの地図でバスターミナルと安宿の位置を確認した・・・う、うげ・・・ターミナルからなんだか遠いよ、セントロ・・・。 |
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about MERIDA ◇MAP表示→[4]◇ ユカタン半島北西部に位置する巨大都市。これぞと言わんばかりに道が碁盤の目状になっていて「歩きやすい」らしい。ただしセントロとバスターミナルは1kmほど離れているので、今までのようにさくっと歩いてバスに乗るという近さではない。一等バスターミナルと二等バスターミナルが隣接しているので間違わないようにしないといけない。 メリダといえば「野口英世」(骨董品屋さんの女将さんも知ってた。さすが〜)。彼が黄熱病を研究したオーラン病院があるのはこのメリダ。オーラン病院へは市内を走る病院を回るバスに乗れば大体終点か一番最初に到着する。予めバスの運転手に言っておかないと、どの病院かさっぱり分からないのでご注意。 |

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二等バスターミナルでしか購入できない「Ruta a la Puuc」という周遊チケットを購入する。これは毎日8:00発の周遊バスチケットで、メリダ周辺のプウク様式の5つの遺跡をまわれるという便利なチケットだ。時間がある人もない人も、メリダ周辺の遺跡を見たいのなら自信をもってお薦めできる。 朝8:00、二等バスターミナルへ。バスターミナル前のタコス屋で「ホットドッグみたいなもの」を食べる。6ペソで何かとナニかの肉がふんだんに挟まれたハンバーガーモドキが二つ。屋台前の椅子には朝っぱらだからか仕事に行く前のビジネスマンの姿もちらほら。 「あぁー!お会いできましたね」 朝食を終えた私は二等バスターミナル内のベンチに座っていた。カンクンからのバスで出会った老夫婦先生である。遺跡までの道のりでお互いの自己紹介を改めてする。先生はニューヨーク郊外在住の大学の先生で「比較法」という学問が専門らしい。 「私はね書斎に閉じこもるよりもまず見に行きたいという性質でしてね」 快活な言葉だ。アメリカ暮らしがかなり長いらしく、英語みたいな日本語だけど、こういう行動的な教授って日本国内に中々いないよなぁ、、、そう何度も感じた。それはそうとこのPuuc周遊・・・プウク形式の遺跡群はメリダの南部約10km〜15km離れた辺りに密集している。 さて一時間が過ぎる辺りで「ラブナ」に到着。バスを降りるとオレンジの香りが漂ってくる。遺跡入り口では七面鳥がグワグワ言って近寄ってきた。ノンビリした遺跡入り口から続く道を辿るとEl Palacio(宮殿)に続く目抜き通りのような石畳にぶち当たった。 El Palacioの真向かいにはこれから何度も遭遇する Arco (擬似アーチ)と展望台に使われたという El Mirador が発掘されていた。Arcoは少しずつずらして石を積み重ねてアーチにしているので直線的なアーチだ。インカ帝国の曲線的な石組み技術と比べると、技術水準の低さが浮き彫りになってしまう。インカ帝国がいかに素晴らしい技術を持っていたかが分かる。 El Palacioは雨神チャックのレリーフや井戸跡、雨ドイなどが残っていた。そしてここの名物となっている「蛇の口に飲み込まれている人面像」は、鬼瓦のような位置にあった。 「飲み込まれているのに悲壮な表情じゃないねえ」 老先生の言葉だ。 続いてバスに揺られること10分ほどで「シュラパック」・・・。二層建ての王宮だけが残るテニスコートほどの大きさの小さな遺跡。二階部分にはまたもや雨神チャックのレリーフが埋まっている。そう。マヤ帝国ではひたすらに「雨神チャック」を祭り上げる民族だったようである。 再びバスに乗り込み「サイル」へ向かう。今までの王宮の中で最大級の三層式の建造物がど真ん中にどーんと建っている。この特徴は二種類の柱らしい。真中がくびれた雌柱と、まっすぐの雄柱。先ほどの擬似アーチでも少し言及したが、どうもマヤの人々の石組み技術は他の古代文明に比べて精密ではないようだ。この柱も「美しさ」という観点から言えばギリシャ神殿のドリスとかコリントとかの方が遥かに上だからだ。そしてここでも「雨神チャック」のレリーフが二階部分の屋根に彫り込まれていた。 「カバー」は国道(?)に二分されている大きな遺跡だ。片方には宮殿、もう片方には巨大な擬似アーチとピラミッドの残骸が発掘されている。まずは宮殿側。ここはなんと言っても外壁を300以上という雨神チャックの顔で飾られた「Coz Poop」が圧巻である。ガイドブックの文字だけで想像していた私は、いつもながら急な階段を十数段のぼり息を切らせながら前を見る。 |

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「おぉ・・・」 意図することなく感嘆の言葉が漏れる。今までは屋根の部分にしか並んでいなかったチャックが、今度は壁一面にチャック、チャック、チャック・・・別名「仮面の神殿」というらしいが一体一体のチャックの目が光って見えるようだ。この神殿の持つ圧倒的な「何か」が両肩を駆け抜けていったようだった。 ●魔法使いのピラミッド〜プウクの見る夢〜 おおよそ2時間強の遺跡群を訪れたバスは、最大の名所「ウシュマル」へと向かう。この名前を聞いてピンときた人は相当な遺跡ファンに違いない。そう小人が一晩で作ったという伝説を持つ「魔法使いのピラミッド」があるのだ。勿論、私も期待に胸が弾む。 チケットを購入し遺跡内へ。入り口から少しなだらかな階段を登るか登らないかの内に、頬に冷たいものがかすった。雨である。スコールになると感じた私は、入り口正面にある魔法使いのピラミッドの横を駆け抜け、雨宿りのために尼僧院の中央の部屋へ入る。ガサっという音の驚いて振り返ると先客だった。 「んだよー、イグアナ君かよー」 しかし運悪くというか、運良くというか突然のスコールに襲われてしまうとは、、、乾季とはいえ降る時は降るのがスコール、、、限られた時間の周遊チケットナだけに「早く止んでくれ!」と心の中で叫んだ。 |

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そういう焦る気持ちをまずは忘れて、これも何かの機会だろうということで周りを見渡した。今立っているのは尼僧院の北側にある建物の中央の部屋。ここからはウシュマル遺跡が一望できる。そして正面には広場とその奥に擬似アーチ、球戯場、総督の宮殿、大ピラミッドと続いている。そして雨どいから多量の水が流れていく様を目の当たりにする・・・。 小降りになった雨の間隙を縫って提督の宮殿へ足を運ぶ。この宮殿は四面様々なレリーフに飾られた美しい建造物だ。180m×153m×12mという巨大さ。そして何より切り石を二万個以上も使用しているというのに「整然とした」美しさがある。この東側の正面にはチャックモールかもしくはジャガーと思わしき石像が朽ちていた。 宮殿をぐるっと歩いた私はそのまま大ピラミッドを登った。踏み場がかなり狭い階段を32m登る。ぎゃるが「きゃーきゃー」騒いでいるのを横目に、さすがに雨上がりの石は滑りやすいので、一歩一歩ゆっくりと登っていく。ピラミッドの上部には神殿が構えられており、雨神チャックのレリーフが残されていた。ただ今までのチャックと違うのは(違うのではと勘違いかもしれないけど)チャックの口、もしくは下あごと思わしき位置に「人の顔」があるのだ。大きさはこぶしの半分くらい・・・だ。 修復した人の悪戯かな・・・?(これ以降のチャックを確認しても「人の顔」はなかった) |

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バスへ戻る道すがら、魔法使いのピラミッドを改めてまじまじと見つめる。他のマヤ遺跡やエジプトのそれとは異なり、曲線的な要素とナンダカ柔らかい印象を受ける「魔法使いのピラミッド」・・・高さは38m・・・下から見るとかなり大きく見える・・・は、実際は一晩ではなく300年の月日をかけて合計5つの神殿が順番に造られていって今の形になったらしい。ただピラミッド南面〜西面は工事中の大きな幌がかけられている上に、登頂も禁止されていた。 痛みが激しいから納得はいくが・・・はやり遺跡に登れず、ちょっとガッカリしてしまうのは自分も「単なるモノ好き」であると思い知る瞬間であった。(2000年8月9,10日、M6.4〜7の大地震がメキシコを襲う。多くの人々が犠牲になり、数々の遺跡が崩壊した。現在でも立ち入り禁止の場所や閉鎖中の博物館が多い) |