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                     1992年 エチオピア 

                                                

       国連児童基金(ユニセフ)の親善大使を務めている黒柳徹子さんの、1992年の時の記事

       です。        

       「1984年のタンザニアを皮切りに、ニジェール、インド、モザンビーク、アンゴラ、ベトナム、

      カンボジア、バングラデシュ、イラク。今年は7月から8月にかけてエチオピアに行きました

      けど、私は生まれてこのかた、あんなにやせた子供たちは見たことがありません。栄養失調

      で、栄養が脳に行かないから脳障害を起こしてしまって。やせ細るだけじゃないんです。

       エチオピア南部の難民キャンプがあるドロという町は、ソマリアやスーダンから難民が戻って

      きて、3500人だった人口が72000人に膨れ上がっているんです。もともと食糧が足り

      ないところに、人口が二十倍になれば、水も食糧もまったくない状態になりますよ。

       ユニセフはそこで毎日、子供たちの体重を量っているんです。年齢や身長から計算した標準

      体重の70%に満たない子供だけに食べ物を与えるんです。輸送状況が悪いから食糧が足り

      ないんです。メリケン粉、大豆の粉、トウモロコシの粉を水で溶いたものを栄養食として飲ませ

      ますけど、見ていると、それを投げ出す子がいたんです。

       私が近寄って、日本語で、優しい声で「飲まなきゃだめなの。あなたは病気なんだから。これを

      飲まなければ、あなたは死んじゃうのよ」と言ったら、必死に飲むんですよ。そういう子供たちが

      飢えているのは、食べ物だけじゃなくて、愛情だとか、優しい手だとか、すべてに飢えているん

      ですよ。平和じゃないということを一番強く感じたのは、私がエチオピアに着いたときに、飛行場

      に花を持って迎えに来てくれた女の子のことです。その子は五歳のときにアディスアベバでスト

      リート・チルドレンだったんだけれども、ユニセフのカメラマンの目に留まって、「大きくなったら何

      になりたいの」と聞かれたんです。女の子は「生きていたいの(alive)」と答えたんです。

       日本で五歳の子供に「何になりたいか」と聞いたらいろいろな答えが出てくるでしょう。だけどそ

      のときに、生きていたいと答える。これがエチオピアの子供の声を代表していると思いました。

      五歳の子供が生きていたいと口にする悲惨さですよね。」

                                         1992年11月30日 毎日新聞

       2001年、世界は少しも平和じゃない。       

                                               2001.6.9